<第四章 植木頭取時代>
次期頭取誕生までの栄光と挫折(14)
1942年(昭和17年)6月5日から7日にかけて、ミッドウェー島の攻略を目指す日本海軍と迎え撃つアメリカ海軍とが交戦するミッドウェー海戦が勃発。空母機動部隊同士の航空戦の結果、日本海軍は機動部隊の中核をなしていた航空母艦4隻とその艦載機を一挙に喪失する損害を受けた。また同年8月から始まったガダルカナル戦にも敗北し、海上の主導権を米軍に握られて戦局は一気に悪化していく。
44年(昭和19年)3月から7月にかけて援蒋ルートの遮断を目的とする無謀なインパール作戦の失敗によって、戦局は一層悪化の一途を辿ることになった。更に谷本と兼重が一時帰郷してから2カ月余り経った同年10月23日から25日にかけて、日本海軍とアメリカ海軍との間で戦われたレイテ沖海戦の敗北により、日本本土を取り巻く海上の主導権と制空権は米軍の手に落ち、次第に敗戦の色彩が濃くなっていった。
戦局の打開を目指す日本海軍は、"天を回らし、戦局を逆転させる" という願いを込めて、魚雷に大量の爆薬を搭載する起死回生の人間魚雷「回天」を開発。44年(昭和19年)、東南市沖の大津島にあった魚雷試験発射場を改造して回天の訓練基地を創設。若き兵士達が回天を操縦して非業の最期を遂げていった。回天に纏わる悲劇は、甲子園の優勝投手で学徒出陣した並木浩二を主人公とする『出口のない海』が2006年、佐々部清監督によって映画化された。
回天の基地や軍事施設がある東南市は米軍の攻撃対象にされ、翌年の5月10日、B29により爆撃されたのに続き、終戦間近の7月26日の午後11時過ぎ、再度B29が飛来して波状攻撃を加え、多数の焼夷弾と小型爆弾を投下したため市街地は炎の海と化し、市民に数多くの死傷者が出る大惨事となった。
正代の実家も炎に包まれ焼失したが、辛くも家族と共に生き延びた。正代は着の身着のままで親戚の家に疎開を余儀なくされ、谷本と正代との脆くも儚い恋は終戦とともに潰え去っていった。
谷本も失意の中で終戦を迎え、虚脱感に苛まれ悶々とする日々を送っていたが、尊敬する教官から「君はまだ若い。世の中は大きく変わっていく。君の才能を生かすためにもう一度人生をやり直し給え」との励ましの言葉を受けて、東京のS大大学院に進むことを決めた。
谷本と所帯を持つことを夢見ていた正代ではあったが、周囲の勧めもあり、21才の時に地元の大手曹達会社に勤める山上紀夫と結婚する道を選んだ。子供も授かり生活は苦しいながらも世間並みの暮らしをしていたが、正代が35才の時、夫の山上が突然交通事故に遭い急逝。一家の大黒柱を失った山上正代の人生は大きな転換期を迎えることになった。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
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