<第四章 植木頭取時代>
次期頭取誕生までの栄光と挫折(18)
暫く考えていた植木は、
「まずは首都圏本部長の絹田専務を退任させて、その後任に谷本君を充てようと思っていたが、退任させるという手も考えられんこともないなぁ」
と、呟くように言った。
笹川は、
「実際はあれだけ業績が悪ければ引責でもおかしくないとは思いますが、それを言うと経営トップの責任問題として跳ね返ってくるかもしれませんので、表向きは任期満了に伴う退任とすればよいかと思います。丁度海峡市のM商業開発会社の理事長から後任の派遣依頼を受けていますし、谷本専務がそれを受けるかどうかをまず打診してみる必要はあるかもしれません。もし受けなければ、当初の予定通り絹田専務の後任にすれば良いかと思います」
と、語った。
続けて、
「受けなくても構わないと思います。恐らく受けないとは思いますが、要は営業本部長としての業績不振における責任を問い、『今回は首都圏本部長へ担当替えで様子を見るが、次は退任させるかもしれないぞ』との頭取のメッセージを伝えておくことが大切だと思います」
と、言った。
更に、
「行内には、次期頭取候補として谷本専務を挙げる声が仄聞されるようになっていますので、この際、後継問題は白紙であるとのサインにもなると思います」
と、吶々と意見を述べた。
植木はもの思いに耽るようにソファに深く腰を沈め、愛飲のラークの煙を燻らせながら静かに笹川の話を聞いていた。
腹心の笹川常務との打ち合わせを終えた4月中旬のある日、植木は谷本を頭取室に呼んで二人きりで話をすることにした。一通りの挨拶を終え、ゆっくりとした口調で植木が、
「実はM商業開発会社の戸田理事長から、『高齢になり引退するので、維新銀行から後任を派遣して欲しい』との依頼が来ている。是非大物に来てほしいと言ってきているんだが、君の考えはどうかね」
と、暗に谷本に受けてもらいたいとのニュアンスで話を向けて来た。
谷本は、
「そうですね。誰が良いですかね。頭取のお考え次第とは思います。私を候補の一人としてお考えかもしれませんが、私は維新銀行に育ててもらった恩がありますので、どこにも行くつもりはありません」
と、植木の顔色を見ながら言った。穏やかな表情を浮かべながら発する言葉の中に、拒否を伝える旋律の響きが籠っていた。
その返答を聞いた植木は、
「いや、君にということではないんだが、先方から維新銀行から誰か来てもらいたいとの打診があったので、営業本部長である君に、まず相談したまでだよ。誰か適任者がいれば推薦して欲しいのだが」
と述べて、それ以上深い話はしなかった。その後一時間におよぶ二人の話し合いは業績に関する報告に終始し、後味の悪い雰囲気のなかで終わった。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
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