<第五章 谷本次期頭取誕生の軌跡>
協力者たちとの絆(3)
不在が続く家に根気強く名刺を置いて帰っているうちに、何枚にもなった山上の名刺を見て、その熱心さに根負けするように、「一度会ってお話を聞きたい」と その家から電話がかかって来るようになった。また当初は山上の訪問を玄関先で追い返していた家も、次第に玄関先での立ち話ではあったが、話を聞いてくれるようになっていった。
やっと「お宅の息子さんは、この度維新銀行に採用が決まったとお聞きしました。おめでとうございます」と維新銀行の名前を出すと、保険の勧誘目的が自分の息子だとわかり、急に態度を軟化させて居間に通す家も出てくるようになった。
やがて何度か訪問するうちに親しくなり、保険の話を静かに聞いてくれるようになっていった。山上の言葉の端々に維新銀行人事部と非常に懇意な関係にあることがわかるにつれて、「どうせ保険に加入しなくてはならないのであれば、息子のために少しでも有利に」との思いから、次々と山上の勧誘する生命保険に加入していった。毎晩9時過ぎに東南市の自宅に帰る辛い日々が報われる一時でもあった。
30名の対象者のなかには、すでに大日生命と契約を済ませていたり、明和生命や千代田生命と契約している家庭も多かった。また親戚や知人が他の生命保険会社に勤めている関係でどうしても契約できない家もあったが、それでも10名近い保険契約を獲得することができた。
山上は海峡市での保険勧誘で時間に余裕がある時は、必ず維新銀行本店に谷本を訪ねて、保険勧誘の進捗状況を報告することを怠らなかった。
海峡市での保険勧誘を続ける傍ら、山上は休むことなく西部県全域を対象として繰り返訪問を続けていった。特に地元の東南市や近隣の西京市は土日を中心に夜遅くまで勧誘を続けた成果が実り、谷本から渡された100名の新入行員名簿をもとに、勧誘を始めた1月中旬から3月までの僅か2カ月半で、約2割近い18名の契約を取りつけることができた。
維新銀行に採用される新入行員は、身元がはっきりした裕福な家庭の子弟が多く、契約金額も大きく、山上は第五生命東南営業部のトップに躍り出る契約を達成することになった。
しかしそのトップの成績も4月以降再度成績は低迷することになった。今回の新入行員の勧誘は期間限定のスポット的なものであり、1年を通じて安定的に保険勧誘を続けるためには、再度谷本の協力が必要であった。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
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