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経済小説

「維新銀行」~第一部 夜明け前(48)
経済小説
2012年5月31日 14:00

<第五章 谷本次期頭取誕生の軌跡>

協力者たちとの絆(4)

 山上は4月上旬、維新銀行本店に谷本を訪ねた。新入行員の保険勧誘が18名となり第五生命東南営業部で、2月、3月とも月間の契約数が1位となり表彰されたことを告げ、深々と谷本に頭を下げた。
「でも、4月に入って成績が」と正代が言いかけるのを制して、谷本は山上の顔を見ながら、「正代さんの努力が実った結果だね。」と温かい声を掛けるとともに、おもむろに持ってきた紙袋から書類を取り出した。それは過去4~5年に入行した80名近い独身男子行員の名簿であった。
 その名簿は、毎年総務部人事課に提出される年末調整の「昭和39年給与所得者の保険料控除申告書 兼 給与所得者の配偶者特別控除申告書」から作成されたものであった。それには、氏名、生年月日、住所、所属部署など、山上が保険勧誘に必要な書類を作成できる項目が網羅されていた。二つの綴りを見せながら、谷本は「これを内緒で渡すから、取り扱いには十分注意しといて下さいよ。」と念を押した。

 一つは「生命保険料控除」欄に保険の支払いがなく保険に加入していない行員の氏名が記載されていた。谷本は正代に「銀行でもいざという時のために、生命保険へ加入するよう勧めているので、まずこの名簿に記載されている行員の勧誘を急ぐように」とアドバイスした。
 それからもう一つの厚い書類を取り出した谷本は、「女子行員は大体勤めて3年位で結婚退職するし、その保険は親が娘のために掛けているケースが多いので、保険会社の乗り換えは手間暇がかかると思う。」と言い、続けて「独身の男子行員は入行後5年前後で結婚するケースが多く、社内結婚が最近特に多くなってきている。そのため結婚を前に保険の見直しを考えている行員も多いらしいので、この名簿には、今加入している生命保険会社名と保険の名称や保険期間等が記載されているので、それを参考に新しい提案をして乗り換えを勧誘したら良いと思うよ。」と正代の喜ぶ顔を見つめながら、その書類を手渡した。

 正代は谷本が事前に用意してくれていたことに対して心から感謝した。渡された名簿は正代にとっては喉から手が出るほど欲しかった宝石箱のように輝いて見えた。
 しかしこの宝石箱は「ゼウスは全ての悪を封入した地上最初の女性であるパンドラに箱を贈り、決して開けてはならないと命じたが、パンドラが好奇心から箱を開けると、あらゆる災禍が地上に飛び散った。彼女が慌てて蓋をしたので箱の中には希望だけが残った」と、ギリシア神話に登場する、まさに「パンドラの箱」であった。

 谷本から渡されたこの宝石箱を開いた正代によって、維新銀行は後日経営に大きな災禍を蒙ることになる。反面保険勧誘の協力者達には、ご褒美として役員への登用という「希望」が叶えられることになっていった。


(つづく)

【北山 譲】

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「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」


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