<19歳で病院経営に携わり、医師免許取得 故・渡辺美智雄氏の要望で栃木県に>
高邦会グループの高木邦格理事長は1957年8月29日生まれの現在54歳。地元大川で育ち、高校は東京の名門・麻布高校を卒業後、大学受験に失敗し、父親が経営する高木病院の管理部長に就任した。当時まだ19歳だった。就任したキッカケは、銀行担当者から電話があり、「九州の病院経営をきちっとした形でやっていかないと、潰れるぞ」とアドバイスを受けたことによるという。
高木氏はその後、医者になることを志し、東京医科大学に進学。医大に通いながら、病院の経営を行なうという二束の草鞋(わらじ)で医師免許と薬理の博士号を取った努力家だ。現在はほとんど診察を行なわないが、理事長として辣腕を振るい現在に至る。
高木氏の著書(「よみがえれ、日本の医療」中央公論新社刊、聖路加国際病院理事長、日野原重明氏との共著)によると、94年12月の国際医療福祉大学の創立は元自民党副総裁の渡辺美智雄氏から、渡辺氏のお膝元であった栃木県の西那須野に温泉が出たことで、温泉を利用した医療福祉施設を検討してほしいと依頼を受けたことがキッカケであることがわかる。
当初、高木理事長は栃木の地元の人が経営すると考え、アドバイスだけのつもりだったが、なかなか栃木県に出資する人が見つからず、「出てきてやってくれないか」という話になり、栃木県に縁ができたそうだ。しかし、当時、栃木県には理学療法士、作業療法士の数が少なく、老人保健施設に理学療法士、作業療法士を置くのが義務付けられていたものの、当時は名前だけ、または名義貸しなどが横行しているのが現状だった。
そこで高木理事長は柳川リハビリテーション学院を持っていた関係で、九州から交代で理学療法士、作業療法士を派遣することで、栃木県のリハビリテーションのレベルを上がり、感謝された。この流れで、医療福祉の養成校がなかった栃木県内に、医療福祉分野の大学または養成校を作りたいという要望が県からあったことで、大学を創立することになった。
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