<新たなコンセプトで活力を注ぎ込む>
――では「くりえいと宗像」の第2次開発・「くりえいと3丁目」に話を進めてまいります。中核店舗「サンリブくりえいと宗像店」のオープンから12年が経ちます。ここに来て、第2次開発に乗り出した背景はどのようなものですか。
中冨 物事は常に前進を続けなければ、止まった時点で衰退が始まってしまいます。この12年間、「くりえいと宗像」は成長し続けてきました。現在、商業施設として年間1,000万人を超えるお客さまがお見えになり、宗像市における商業売上高の約4割をこの施設が担うまでになっています。ですが、10年の時が経てば、陰りや綻びが出てくるものです。新たな歩みを進めるには、従来のものを弄るのではなく、場所も中身も違う試みを行なう必要がありました。
――具体的には、第2期開発の「くりえいと3丁目」はどのような構想でしょうか。
中冨 「くりえいと3丁目」は「健康・環境・癒し」をコンセプトに掲げ、ホスピタリティ溢れるまちづくりを目指しています。さいわい「くりえいと宗像」の脇には山田川が流れ、水資源に恵まれた素晴らしい住環境が整っていますので、まちなみと自然環境とが一体となった、健康で癒し溢れるまちを目指しています。
――宗像市が目指すまちづくりのコンセプトと大きく重なりますね。
谷井 おっしゃるとおり、中冨社長には宗像市が進もうとしている方向性をご理解いただいていると思います。それでなくても「くりえいと宗像」は、1,500名の雇用と3億円を超える税収で市政に貢献している施設ですし、我々は中冨社長が第1期の開発時に非常にご苦労されている姿を目の当たりにしているわけです。市に対する貢献やご苦労に報いる意味でも、「くりえいと3丁目」の開発には全面的に協力したいと考えています。すでに、3丁目を貫く都市計画道路も整備しました。欲を言えば、3丁目といわず、その先の開発までドンドン手がけていただきたい(笑)。
中冨 「くりえいと3丁目」は、山田川緑道親水公園を中核に、河川整備とまちづくり事業が一体化したものといえます。河川整備者と地方公共団体と我々民間企業、そして住民の皆さんが一体連携したまちづくりなのです。
<ソフトは無限、住民意識がまちを育てる>
――赤間地区にしても、「くりえいと1、2丁目」にしても、住民らのボランティア活動が非常に盛んです。3丁目でも早々にNPO法人が立ち上がる予定だそうですね。
中冨 つねづね言っていることなのですが、まちを活性化させるには、地域の方々それぞれが意識を持って取り組むほかはありません。どのような開発プランを練ったとしても、私たちだけではどうすることもできないのです。行政、地権者、住民、皆がそれぞれ考え、協力していくことこそが、まちづくりにおいてもっとも重要なことだと考えています。ボランティアが盛んなのも、住民の皆さんにこのような考え方が共有されているからではないでしょうか。
――行政や開発事業者は、いわばハードを提供する立場です。そうすると、住民らが各々考える理想のまちのイメージはソフトに位置づけられます。
中冨 ソフト面こそが重視されるべきです。しかも、このソフト面は成長していきます。住む方の気持ちが膨らめば膨らむほど、ソフトはいくらでも増えていくのです。お金には限度がありますが、健康や環境の意識を持つことには、さほどお金はかかりません。ただ、イメージだけでは漠然としてしまいますから、私たちは、これを目に見えるかたちで表すお手伝いをせねばなりません。
――「くりえいと3丁目」には、そのための仕掛けが多く施されていると。
中冨 3丁目には、フットサルコートや厚生労働省認定の指定運動療法施設のほか、1丁目・2丁目を補完する医療施設などが設けられます。この場においでになっている新庄先生には、厚生労働省認定指定運動療法施設「快適倶楽部リフレ」の出店と、健康・癒しのまちづくりのためにご協力いただいています。山田川沿いには桜並木のウォーキングロード「てくてく」があり、中間地点の休憩所には「健康の鐘」が飾られます。至るところに健康や環境を具体的にイメージしてもらうための工夫があります。「健康の鐘」が金属泥棒に持っていかれやしないかと、少しだけ心配ですけど(笑)。
<プロフィール>
谷井 博美(たにい ひろみ)
宗像市長
1940年5月生まれ
熊本大学法文学部卒業後、1963年に福岡県庁に入庁。福岡県企画振興部長などを経て、1999年に空港周辺整備機構福岡空港事業本部理事に就任。2001年に宗像市副市長(当時、助役)に転じ、2006年に宗像市長に就任。2010年に再選を果たし、現在2期目。
<プロフィール>
中冨 清太(なかとみ きよた)
日創開発(株)・(株)くりえいと代表取締役
1942年1月生まれ
日創開発において、建設業および不動産開発事業に携わる。2000年に完成させた大型複合商業施設「くりえいと宗像」(くりえいと1丁目・2丁目)を成功に導き、11年秋には第二次開発となる「くりえいと3丁目」を完成させた。「くりえいと宗像」の年間集客数は1,000万人を超え、施設およびJR赤間駅周辺では各マンション業者の開発ラッシュが起こるなど、赤間地区活性化の立役者的な存在として知られる。
<プロフィール>
新庄 信英(しんじょう のぶひで)
1956年7月生まれ
医学博士、新庄整形外科医院長、(株)メディカルスポーツライフ研究所代表取締役
山口大学医学部大学院を卒業後、山口大学付属病院、済生会下関総合病院勤務を経て、新庄整形外科医院を開業。05年には「医療とスポーツの融合と調和」を掲げたスポーツクラブ・「快適倶楽部リフレ」を開業した。スポーツドクターとしても知られ、九州共立大学スポーツ学部では客員教授として教鞭を握る。
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