一方、新興国を代表する立場を標榜する中国。環境問題や人権問題を抱えているものの、経済規模で見れば、2016年までにアメリカを抜き、2040年までにはアメリカの3倍になるという。人口増加とエネルギー需要の急増で、海外からの原油輸入は拡大する一方である。中国はサウジアラビアとの間で、今のところ「ペトロ・ダラー」を介した取引を続けている。とはいえ、いつまでこうした米ドルに依存する決済システムを守るのかは不透明だ。というより、中国の「ドル離れ」は、いたるところで見え隠れし始めている。
現在、中国はサウジアラビアから、1日平均140万バレルの原油を輸入している。これは、前年と比べると39%の増加である。言い換えれば、サウジアラビアにとって最大の貿易パートナーは中国であり、アメリカではなくなったということである。加えて、両国は協力し、巨大な石油精製施設をサウジアラビア国内に建設中だ。このような経済の相互依存関係が深まれば、早晩、ドルを介すことで生じる膨大な手数料を避けるため、自国の通貨同士での取引を求める声が強くなるに違いない。
サウジアラビアに止まらず、中国はアラブ首長国連邦(UAE)との間でも原油売買の決済にはドルを排し、自国通貨で行なうことにしている。UAEとの取引だけで、年間55億ドルに達する。額は限定的だが、「ペトロ・ダラー」という防波堤に穴が開いたことの意味は大きい。
その意味で、中国の金融通貨戦略は要注意である。相手国の懐に深く食い込み、国債や通貨を大量に保有することで政治的な駆け引きの材料に使うことが、よくあるからだ。米国債を膨大に所有しながら、対米交渉に有効に活用しない日本とは大違いと言えよう。
実は1年以上前から、中国はロシアとの間でドルでの貿易決済を止め、人民元とルーブルによる取引を拡大している。日本と中国の間でも、同様の動きが始まった。中国にとって日本はEU、アメリカ、ASEANに次ぎ、4番目の貿易相手国であるが、3年前から日本にとって中国は最大の貿易相手になっている。
中国側曰く「日中貿易を円と人民元で決済すれば、(ドルへの交換手数料)30億ドルの節約になる」。その真意を見誤らないようにしなければならない。中国による「人民元の国際化」戦略は着実に進んでいる。2010年と比べ、人民元決済は10倍のペースで増えている。中国は韓国とも、ドルを介さない貿易決済に移行する話し合いを始めた。
BRICs諸国間でもドルを使わない動きを進めている牽引役は、中国とロシアである。ごく最近も、中国はマレーシアと、ロシアはイランとの貿易に際し、やはりドルを介さず互いの通貨で決済することで合意に達したばかり。
こうした「ドル離れ」は、アメリカにとっては深刻な事態をもたらすはずである。自国の経済活性化や巨額の累積債務問題に取り組むにあたっても、ドルという国際基軸通貨に頼らずにはいられないからだ。そうした国内経済の立て直しに不可欠な国際的な信用が、足元から崩れようとしている。にもかかわらず、オバマ政権は目前の大統領選挙に引きずられ、ドルの信用回復に向けての政策を打ち出せないまま。日本にとっても、他人事ではない。
他方、中国はアフリカという資源と市場の宝庫に、着実に食い込み始めている。2009年の時点で、中国はアメリカを抜き、アフリカにとって最大の貿易相手国となった。その勢いをかい、中国はアフリカとの貿易決済通貨をドルから人民元に切り替えさせ始めた。アフリカ最大の金融機関であるスタンダード銀行によれば、「2015年までに、中国とアフリカの貿易額の1,000億ドルは、すべて人民元決済になる」という。
軍事面のみならず貿易決済という金融面でも、アメリカはアフリカという戦場で、中国に戦略的な重要拠点を奪われつつあると言えよう。実際、中国の国営石油会社シノペックは、南アフリカにも精製施設を建設することを発表。曰く、「アフリカのサブサハラ地域は、今後、石油需要が急増する。アフリカ大陸での需要を満たす役割を果たす」と宣言し、関連する企業買収にも積極的だ。スーダンの政変で失った石油利権を補うため、中国は国策ファンドを動員し、資源大陸アフリカでの資源金融戦略を展開している。
日本とすれば、沈みゆくドルと心中する覚悟でアメリカを支えるのか。それとも、傍若無人ぶりを発揮する人民元と手を結ぶのか。あるいは、第3の道として「通貨バスケット制」を追求するのか――。このところの円高は日本経済の重しとなってはいるが、見方を変えれば、海外のエネルギー資源を確保したり、有望企業を買収するにはまたとないチャンスでもある。
実際、本年5カ月だけで、日本企業による海外企業の買収総額は354億ドルに達している。これらは主に、オーストラリア、カナダ、アメリカ、イギリスの石油、天然ガス資源を狙ったもの。これは冒頭に紹介した、中国による海外企業買収をはるかに上回るペースである。貿易立国日本にとって、海外戦略を見直し、新たな勝負を仕掛けるタイミングかもしれない。
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<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ かずゆき)
参議院議員。国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。現在、外務大臣政務官と東日本大震災復興対策本部員を兼任する。
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