次に今井たちが厄介視したのが、大飯原発の再稼働に反対してきた大阪市の橋下徹市長と滋賀県の嘉田由紀子知事だった。しかも橋下の側近に、経産省の脱藩官僚の古賀茂明や脱原発派の飯田哲也環境エネルギー政策研究所長や環境経済学の植田和弘京大教授らがいる。世論受けする橋下、嘉田2人をどう屈服させるかが大きな課題だった。たしかに橋下一派の動きは手ごわかった。関電が原発再稼働がないと夏場に15%電力が不足するとの試算をまとめると、古賀、飯田、植田の連係プレーで内閣官房国家戦略室を動かし、電力不足の関電に中部、中国、四国、北陸の4電力会社が相互融通する代案を提示。さらに大阪府市エネルギー戦略会議では、工場など大口需要家が電力需給に逼迫時に電力を節約すると、その節約分に関電から代価が支払われるネガワット取引や、電力先物市場づくりが計画されている。立案にかかわっていた古賀は「なんとか乗り切れそうだ」と周囲に漏らしている。
橋下はこうしたブレーンたちの進言を受け入れつつも、やはりいざ電力不足で計画停電の実施に追い込まれることに不安を覚えたらしい。5月19日には「夏場だけ3、4号機を動かす」という期間限定の再稼働に言及したが、藤村修官房長官に「現実的でない」と一蹴されている。それでもこのまま橋下がある程度突っ張るかと思われたが、5月30日の細野豪志原発担当相と関西広域連合の会合後急速に軟化し、6月1日には報道陣に「負けたと言われても仕方がない」「反対し続けられなかったことは反省する」と完敗を宣言した。ふがいなさを感じたのか、脱原発の最大のブレーンの飯田が大阪市の特別顧問を辞任する騒ぎになった(飯田は山口県知事選への出馬が取りざたされている)。
なぜかくもあっさり寄り切られたのか。一つは今井ら経産省が操って、産業界が脱原発を掲げる首長たちを激しく突き上げたことがある。滋賀県の嘉田知事の場合、県内にある京セラの工場長が知事に直談判し、「このまま再稼働を認めないと工場を滋賀県から撤退する」と申し入れたとされる。滋賀県野洲市の京セラの新鋭工場は太陽電池パネル生産の拠点工場の一つで、再生可能エネルギー法の施行に伴い、いまはフル操業が続く大忙しだった。さすがに工場移転の恫喝を突き付けられ、彼女も沈黙を強いられた。
橋下市長の場合もそうだった。大阪維新の会に属する府議や市議が軒並み、関電や商工業者の陳情攻勢にさらされ相次いで陥落。市長が私淑する大前研一も説得に乗り出したとされ、ついに橋下市長も降参した。「裏で今井が動いている」。そう橋下市長のブレーンは言う。5月30日に関西広域連合で配られた資料もエネ庁でつくられたとみられるペーパーだった。
一方、今井は総合資源エネルギー調査会基本問題委員会の事務局役をつとめている。将来のエネルギーミックスを考える同委員会は近く原発を継続的に稼働させる報告書をまとめることになるとみられている。原子力委員会の近藤駿介委員長のもとに設けられたインナーと呼ばれる秘密会合には、腹心の香山を送り込み、核燃料サイクル計画を引き続き継続するよう政策誘導するつもりだった。毎日新聞のスクープによって露見したが、香山は筋金入りの原発推進官僚である。原発の海外輸出を打ち出した「原子力立国計画」がつくられた際に、所管課長の柳瀬唯夫原子力政策課長(当時)とともにまとめあげたのが彼だったらだ。
かくして筋金入りの原発官僚たちの描いた絵によって、原発再稼働と継続的な運転が進んでいく。あまりにも民主党の野田政権はそれに対して無能であった。2020年の脱原発を決めたドイツのメルケル政権と比して、その幼稚さはあまりにも際立っている。
≪ (前) |
※記事へのご意見はこちら