それは勝俣体制の下で育ってきた広瀬直己新社長にとって「目の上のたんこぶ」にさせない配慮でもあった。東電生え抜き組の広瀬氏がいるのにもかかわらず、勝俣氏が毎日会社に来れば、おのずと社員たちの目は勝俣氏を意識するようになるからだ。
同じ日の取締役会では、部長級の人事をすべて取締役会決議事項とすることを決めてもいる。面従腹背の東電中間管理職を一掃し、主導権を握るために「人事」で縛ろうというのだ。現状の東電の部長級職員はほとんどが勝俣体制下で抜擢された者たちばかりなので、下河辺体制を甘く見て政治的な動きを見せようとしたら更迭する――そう牽制することにしたのである。
下河辺会長は「人事についての基本方針として、東電本店内でずっと働いていくのではなく、もっと現場に出るように、本店から現場へ行く配置転換を増やしていきたい」と語っている。勝俣派の牙城だった企画部や、総務部、あるいは原子力・立地本部など東電本店内にとどまる社内官僚があまりにも多すぎ、間接部門のコスト高と官僚的な社風の助長を促してきたため、それを改めようというのだ。さらに下河辺新体制発足直前に、高津浩明常務が東光電気社長に就くことを決めるなど8人の幹部がグループ会社や有力取引先に天下りしたことを受け、東電新体制は、天下り幹部のいるグループ会社との取引は「疑念を持たれないよう重点的に精査する」(枝野経産相)ことにし、全取締役が一致して取締役会決議をした。
東電・下河辺体制は6月27日付で経営改革本部をつくり、東電10人、現賠機構10数人をメンバーに経営改革に乗り出している。下河辺会長は「まだまだ東電の社員の意識は国民からかけ離れている」と厳しく指摘し、東電の各部署やグループ会社への視察でも激励というよりも叱責する場面が少なからずあった。
だから、東電社員たちに遠心力が働いている。叱責と痛罵、リストラの強化、さらには現場という名の地方への放逐......。社員たちは不満を募らせている。今年6月の賞与支給が停止されると、50人程度の社員が相次いで東電を去っている。そこには、よそで働くことのできる外国語に堪能な社員や博士業をもつ専門家が含まれている。できる社員ほど見切りをつけるのが早いのだ。世間からはおよそ考えられない不思議な出来事だが、社内ではむしろ「勝俣さんのほうがよかった」という声が少なくないのである。
勝俣氏の呪縛を解き放とうとする下河辺氏が果たして、社員たちの心をつかむことができるかどうか――。それが新生東電の大きな課題である。
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