さらに90年代の後半から、会社に振り落されなかった人に対しても、あらゆる業界で、企業再編が巻き起こった。
経済全体のパイが増えないなかではますます競争が厳しくなり、利益率が減少する。そういう中で企業が成長を続けようと思えば、M&Aのような形しか方法がなくなった。こうして、各業界で主に3位以下の企業が再編成されるようになった。
だから、同じ89年入社の新卒者でも、そういう中で、食う側にまわるか、食われる側にまわるか、というように運命が分かれた。
私が新卒であった89年には、都市銀行が14行あったがこれはわずか3グループに再編されてしまった。証券大手は4社あったが、現在独立を維持しているのは2社しかない。
不動産業などはスケールメリットが働きづらい業種なので、未だに旧財閥系の各社が分立しているが、そういう業種は金融危機のたびに借入を圧縮するタイミングに遅れたところが吹き飛ばされた。
ところで、せっかく大手企業に入社しても企業再編される側にまわると、もう傍流の存在だ。
銀行再編でも当初は再編される側の人材を再編する側の支店長に登用するなどされたが、それはまったくの報道向けのパフォーマンスに過ぎない。
それでも、第一線の営業マンや現業担当者は、食われる側になっても同じ仕事ができる。
が、管理部門の人や、支店長クラスなど競争の激しいクラスの人たちにとっては、それまでの仕事が一瞬で奪われるという悲惨なことになる。
程度の差はあれ、平成に入り多くの人がこのような運命に翻弄されたものだ。このような運命に対し、スピンアウトする人、会社にしがみつくことを選択する人、様々だ。
そういう現状を見た私は、チャレンジする途を選んだ。
たまさか家内が福岡出身であったこともあるが、36歳までを大手スーパーで過ごし、その会社の経営不振と私自身の組織内での昇進の可能性を検討した結果、福岡の新興上場会社への転職を選んだ。
その先は、これまで書き綴ってきた通りである。上場会社の常務取締役から、倒産を経て社員数人からの再出発となり、天国と地獄を見た思いだ。
<プロフィール>
石川 健一 (いしかわ けんいち)
東京出身、1967年生まれ。有名私大経済学卒。大卒後、大手スーパーに入社し、福岡の関連法人にてレジャー関連企業の立ち上げに携わる。その後、上場不動産会社に転職し、経営企画室長から管理担当常務まで務めるがリーマンショックの余波を受け民事再生に直面。倒産処理を終えた今は、前オーナー経営者が新たに設立した不動産会社で再チャレンジに取り組みつつ、原稿執筆活動を行なう。職業上の得意分野は経営計画、組織マネジメント、広報・IR、事業立ち上げ。執筆面での関心分野は、企業再生、組織マネジメント、流通・サービス業、航空・鉄道、近代戦史。
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