官僚機構の「得意技」の1つが「責任転嫁」、「論点そらし」である。このことを欧米圏ではスピンとかレッドヘリングという。本当の論点とは違う問題を国民に議論させ、健全な議論が行なわれているように見せかけて、官僚機構にとって突かれると困る本当の問題を切り抜けるというやり方である。だから、「作られたアジェンダ」に基づいて議論することは意味がない。場合によっては、その論点が単なる神学論争である場合もある。私は、知識人は、この権力側が仕掛けた「落とし穴」がどこにあるのかを指摘していくことも重要な仕事だと思っている。
原発政策の事例が続いたが、別の事例を示してみよう。たとえばマスコミ世論が作り出している「落とし穴」のなかには、米海兵隊ヘリ「オスプレイ」の安全性問題というものがある。オスプレイは開発当初においては「未亡人増産機」と、今も森本敏防衛大臣までもがテレビで酷評したほどの欠陥機だったと言われる。最近になっても大きな事故を起こしている。そのオスプレイは元々海兵隊が訓練や作戦に利用していたCH46という機体の後継機種である。このオスプレイについては、機体は安全かどうかという議論がこの夏、盛んに行なわれ、朝日新聞などは批判的な立場から、産経新聞など日米同盟推進派は安全性に問題なしとする立場から議論をやっていた。
ところが、私に言わせてもらえれば、オスプレイという機体そのものの安全性や欠陥機かどうかを論じさせることは、官僚やアメリカの仕掛けた「落とし穴」にしか見えないのだ。なぜなら、飛行機やヘリコプターに絶対的に安全ということはありえないし、操縦ミスでも事故が起きるし、オスプレイ以外の機体を使っていても事故が起きるときは起きるからだ。2004年夏に沖縄県宜野湾市の沖縄国際大学に墜落したのは、オスプレイでもCH46でもなく、別のCH53という機体だった。
安全性を議論することが、なぜ、あまり意味がないか。それは安全性に関するデータはアメリカ側が独占しており、海兵隊のヘリとしてCH46の後継機の選択肢がオスプレイ以外にない以上、海兵隊としては組織論としてオスプレイは危険であるとわかっていたとしても、それを証明する情報を隠蔽したくなるものだからだ。海兵隊という組織を守るという事は予算を守ることであり、そこで働く十数万の海兵隊員の翌日の飯を確保することだからだ。
だから、アメリカ側が出す情報などはじめから都合のいいものだと思ったほうがいいのだ。問題は、国民の反発が強いオスプレイの配備を普天間飛行場だけではなく、日本全土で行なうことに対して、日本政府や関係自治体が何も米側に何らの実効性のある対抗手段を持っていないことなのである。アメリカは日本の意見を聞いてあげますという姿勢であり、幾らかの譲歩はあらかじめ織り込んでいるだろう。しかし、根本的には米側の意思決定を日本がまったくコントロールできない。そのことが問題であり、それは歴史的には、日米安保条約に付属する地位協定やその他の交換公文が問題の根っこにあるのだ。
オスプレイの安全性を証明することという日米の官僚機構にとって痛みの少ない有利な論点で議論をさせることは、「落とし穴」なのである。
<プロフィール>
中田 安彦 (なかた やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。
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