<二頭体制崩壊の背景(2)>
相談役に退くと常務会や取締役会議に出席できないが、谷本は、栗野と谷野にオブザーバーとして出席することを認めさせることにした。そのわずか2年後に、「谷野頭取罷免劇」の口火を切る舞台となった「常務会」に谷本自身が出席し、自らが描いた「谷野頭取罷免劇」が進行するのを見届ける立場になろうとは、その時夢にも思っていなかったに違いない。
栗野会長と谷野頭取との蜜月は、オリンパスの菊川会長とマイケル・ウッドフォード社長の関係と同じように長くは続かなかった。そのウッドフォード社長が「飛ばし」を指摘したことから、菊川会長らの反発を受け、取締役会で社長解任決議を受けることになった。
オリンパスの社長解任劇と同様に、維新銀行においても頭取に就任して間もない谷野が、今まで谷本が手をつけなかった不良債権処理のため赤字決算に踏み切ったことや、第五生命の山上正代が維新銀行を舞台に違法な保険勧誘している実態を調査するなど、次々と行内の改革を断行していった。それにつれて、次第に谷本や栗野との溝が深まり「谷野頭取交代劇」に走らせる大きな要因となっていった。
代表取締役会長となった栗野は谷本前頭取と同窓のS大学出身であり、谷本の腹心であった。地域開発室長などを歴任し、外部との交渉もその社交性を活かして適任であったが、維新銀行内では山上正代の保険を積極的に勧誘していたことや、威圧的な態度が災いして評判は決して良くはなかった。栗野は海峡商工会議所の副会頭や西部県同友会の副会長などの要職を谷本から引き継ぎ、維新銀行の対外的な顔としての役割を担うことになった。
一方、代表取締役頭取に就任した谷野は、地元出身ではなく九州肥後の出身で、国立N大学を卒業し維新銀行に入行。直情径行の面はあるものの、何事にも手を抜かない真摯な仕事ぶりには定評があり、行内での評判は栗野より数段高かった。谷野は維新銀行の頭取として、内部の営業活動全般を管掌する任務を担うことになった。
双方の特長を活かす谷本一流のバランス人事との評価であったが、見た目の美しさとは裏腹に、それは壊れやすいガラス細工でもあった。その二人が会長と頭取となり自我に目覚めると、「両雄並び立たず」の諺の如く、後に「谷野頭取交代劇」を生む要因となっていく。
それを予感するような出来事がトップ交代の挨拶廻りで起きた。取引先の応接室に案内されると奥の席に谷本相談役、真中に栗野会長、手前に谷野頭取の順で座ることになる。大柄の谷本、中肉中背の栗野、小柄な谷野が並ぶ光景を評して、社長、部長、課長による表敬訪問と揶揄されるほどであった。課長役の谷野にとって屈辱的な挨拶廻りを経験することになった。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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