<維新八策と「国民の生活が第一」の基本政策の類似と違い>
前回の記事を踏まえたうえで、「維新八策」のに内容を見ていきたい。ここでは比較の対象が必要なので、9月中旬になって発表された、新党「国民の生活が第一」(小沢一郎代表)の基本政策なども参考にする。
維新八策というのはまだ完成形ではなく、そもそも「日本維新の会」のウェブサイト自体が存在しておらず、私が持っているのも、日経新聞がその全文としてウェブサイトで発表した「レジュメ風」の文書のみである。(一方、「生活」はある程度まとまった形で文書化して検討案をPDFで9月7日に公開している)
維新八策(案)とは(1)統治機構の作り直し(2)財政・行政・政治改革(3)公務員制度改革(4)教育改革(5)社会保障制度改革(6)経済政策・雇用政策(7)外交・防衛(8)憲法改正となっており、各項目ごとに「理念・実現のための大きな枠組み」と、具体策である「基本方針」が列挙されている。その前に前文らしきものがある。
八策の前文では「皆さんにりんごを与えることはできません。りんごのなる木の土を耕し直します」としている。理念として「自立する個人」「自立する地域」「自立する国家」とある。ここには大前研一の「平成維新」の考え方や小沢一郎の「日本改造計画」からの影響が強く感じられる。
端的に言えば、維新の会の理念は、「国民の自助を基本として、公的支援が必要な場合にも、それは既得権を廃したものとする」ということになっている。
一方、「国民の生活が第一」では、「はじめに」で小沢一郎の持論である「国民も地域も自立し、互いに共生できるようになってこそ、日本は国家として自立し、自立した外交を展開できる」とある。いわば、維新八策は1990年代の小沢一郎の掲げた自己責任を腫脹する「新自由主義」の主張であり、その小沢自身は現在はよりソーシャル・デモクラットに近い。小沢自身が変貌したのは、アメリカからコントロールされなくなったことでもあるだろう。
ただ、考えてみれば「個人の自立」も「国家の自立」も近代国家からすればアタリマエのことであって、今までそれを主張する政治家がいなかったことが、思想信条の右左以前に、日本が大宝律令制度から明治維新を挟んで現在に至るまで、基本的には官僚主導政治だったことの現れである。
その意味で、維新と政策論争をするべきは、既成政党ではなく、「国民の生活が第一」であって、官僚党である自民党と民主党とは大きく対立する。
また、維新の政策のプロトタイプになっているのが、80年代末に大前研一の「平成維新の会」が掲げた、道州制を軸にする一連の改革案である。維新八策が、8本柱なのに対して、大前の改革案は83法案であるから、厳密にすべてが同じではなく、むしろ入ってないものがおおいことも今回調べてわかった。(参照:http://www.isshinjuku.com/05jukusei/83houan_1.html)ただ、橋下徹は、維新の会の名称を決めるときに、道州制ブランドの祖である大前研一に許可を取ったという話もある。
実際、八策を見ていくと、民主党の2009年マニフェストと大差がない部分と、大きく違うというか、踏み込んでいる部分がある。例えば、(1)統治機構の「道州制」はどこの政党でも言いそうだが、「首相公選制」と「参議院廃止」「地方交付税の廃止」は維新以外は言わない。多くは憲法改正が必要であるからだ。(3)の公務員制度改革も、「官民給与格差の是正」「地方公務員も含めた総人件費削減」「内閣による人事権の一元化」「大胆な政治任用改革」などはこれも万人受けする政策である。
大きく維新の政策が他と違っているのは、(2)財政・行政・政治改革(4)教育改革(5)社会保障制度改革などで繰り返し言及されている「バウチャー」の導入についてだろう。主に教育制度や福祉制度の部分で言及されている。バウチャー制度とは、使途を限定した金券(クーポン)のことである。公立学校に公費を支給しないで親に授業料をバウチャーとして補助する制度といえる。これを維新八策では、「生徒・保護者による公-公間、公-私間の学校選択制度」とあわせて提言している。一般には、教育の選択権が確保できることに加え、学校側も競争によりサービスが向上するといった考え方に基づいており、これを最初に提言したのは、今の米国共和党の経済政策の精神的な支柱である、ミルトン・フリードマン(シカゴ大学教授・故人)の『選択の自由』(Free to Choose)という本であった。ただし、この政策は、当のアメリカでも一部の州で実施されているが、連邦政府では実施できていない。ブッシュ政権が2002年に提案したが、民主党と労働組合が大反対運動を繰り広げて葬られた。バウチャー制度は、イギリスなど諸外国でも不評で、むしろ教育格差を広げるだけという批判もある。
バウチャー制度は、学校教育の株式会社化とも絡んでいる。橋下市長は公教育以外の塾などに利用できるバウチャー制度を大阪市で実施する予定で、低所得層の塾代助成事業としてこの9月から西成区ではじめるという。仮にこれを公教育全体に適用すると、公私立の学校間の競争原理の導入となり、場合によっては退場する学校も出てくる。一方、企業が学校を設立した場合、私学助成金が支払われない株式会社が設立した学校でもバウチャーが利用できる場合も出てくるので、民間企業が学校事業に参入と退出を繰り返す可能性もある。
何れにしても、橋下氏はこれまで大阪市の教職員組合を相手に戦いを挑んできたわけであり、バウチャー政策は財界の思惑も絡んでその象徴となりそうだ。橋下氏は「社会保障のバウチャー化」も主張しているのだが、これは見方を変えると、「特区制度」にとどまらず、新自由主義的なフリードマンの処方箋を日本全土で実験するというかなり危うい試みのようにも見えてくる。教育・福祉産業を活性化、市場化することで、国民福祉の向上につながるかどうかは出たところ勝負という感じである。
更に実験的なのは、税制における「資産課税重視」と「超簡素な税制」の導入(フラットタックス化)である。後者はまたしても米共和党の主導する政策であるが、前者は今年の3月に「遺産全額徴収」(相続税率100%)という報道で紹介された。八策の検討案には相続税率まで詳しくは書いていないが、リバースモーゲージのような持ち家担保政策以上に踏み込んだ税制改革案は当時、波紋を呼んだ。これは日本国内から資産家を全滅させる政策であり、資産没収を恐れる富裕層は、身ぐるみ含めて、国外移住を考えるだろう。フラットタックスについてもかなりまだまだ実験的な政策である。
安全保障政策も通商政策と並び、維新の特徴をなす部分だ。TPPへの参加は先ほど述べた通りだが、「日米同盟を基軸にし、自由と民主主義を守る国々との連携を強化」という価値観外交の側面を見せている。これも共和党のロムニー候補の外交ブレーンでリベラル系のはずのブルッキングス研究所の研究員でもある、ネオコン派のロバート・ケーガンの「リーグ・オブ・デモクラシー」と同じようなものだ。大陸諸国、特に中国封じ込めの色合いが強い。維新は「平等互恵と法の支配を原則とする、中国とロシアの戦略的互恵関係の強化」を八策で掲げている。
集団的自衛権については、橋下市長は「権利はあるが行使はできないというのは役人的答弁」と述べた上で、「無条件に集団的自衛権の名の下に何でもかんでも認めていくのはダメだ。行使の仕方について憲法9条の観点から近隣諸国に納得してもらうような形でルール化したらいい」と見解を述べている。
実は、この点、「生活」の集団的自衛権についての考え方と大きくは変わらない。「生活」の基本政策では、「集団的自衛権については、国民の意思に基づき立法府においてその行使の是非に係る原理原則を広く議論し制定する。原理原則の制定なくして、その行使はしない」として「安全保障基本法」の制定を提言しているからである。維新も生活ももともとは保守系に基盤を置く政党である。TPPや憲法問題や社会政策では大きな違いを見せるがこの点は案外同じなのである。安全保障観では、世界レベルで見れば、維新が保守やネオコン派、生活がリベラルという感じである。自民と民主や公明はコウモリのように外務省の親米路線に乗っている。
<プロフィール>
中田 安彦 (なかた やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。
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