<二頭体制崩壊の背景(4)>
谷野が赤字決算を決断したもう一つの理由は、金融庁の検査が秒読みの段階に来ていることだった。もし不良債権処理を実施しないまま9月の中間決算を乗り越えても、検査が入れば大幅な決算修正を迫られるのは目に見えていた。
谷本が02年3月期決算で不良債権を処理し、赤字決算の責任を取って相談役に退き、谷野に頭取の座を譲っておれば、谷本に対する行内の評価は随分変わっていたに違いなかったが、谷本はそれに手をつけることはしなかった。
谷野が頭取に就任すると同時に、行内では不良債権処理を求める声が次第に強くなっていった。維新銀行のドンとして10年間君臨した谷本でさえ、手をつけなかった赤字決算は、谷野にとって清水の舞台から飛び降りるほどの覚悟が必要であった。
西部県内の6行が合併し維新銀行として発足した1944年以来、実に58年間続けていた黒字決算が途絶えることになり、頭取に就任して間がない谷野にとって、最初の大きな決断を迫られる事態に直面した。
谷野は
「不良債権処理のため赤字決算にしたい」
と、谷本に話を持ちかけたが、
「今慌ててやることもなかろう。もう少し様子を見てからでも遅くはないのではないか」
と、暗に反対の意向を述べた。
谷本が反対の姿勢を示したのは、
「あなたが頭取時代に不良債権の処理をすべきだったのではないですか」
と、谷野が自分に対して痛烈な批判をしているように思えたからだった。
その後は事後承認のような形で不良債権処理を進めていく谷野に対して、谷本相談役も栗野会長もあからさまには反対の態度は取らなかったが、事前に詳しい説明もなく赤字決算を取締役会議に諮った谷野に対して二人とも不信感を強めていくようになった。この不良債権処理の時期を巡る考え方の相違が、谷野頭取と谷本相談役が衝突するきっかけとなった。
谷野は9月の中間決算で、破綻先および実質破綻先債権額250億円の償却を実施。それと同時に厳格な企業格付を実施。破綻懸念先および実質破綻先の100%引当や要管理債権や要注意先の貸倒引当率の見直しも実施した結果、300億円近い貸倒引当金を積み増して1,250億円とした。総貸出金3兆円に対する引当率は4%となり、不良債権比率は5%台から一気に3%台と大幅な改善となった。
谷野が実施した赤字決算を待つかのように、その年の11月初旬、金融監督庁の検査が入ったが、厳格な自己査定によって不良債権を処理していたことが高く評価されて、新たな引当金の積み増しを指摘されることもなく、検査は無事終了した。
谷野が赤字決算を英断し不良債権処理を実施した結果、検査が何の問題もなく終わったことで、行内では谷野への評価が上がり、不良債権処理に手をつけずに相談役に退いた谷本に、批判の目が向けられるようになっていった。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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