<二頭体制崩壊の背景(6)>
どこの企業でも同じではあるが、新入社員から数年は同期とのリーグ戦を闘い抜き、そのなかからさらに選抜された者が管理職に登用される。その後は本人にとっていよいよ生き残りを賭けた、トーナメント方式の戦いが始まることになる。
維新銀行も同じような昇格制度を採用しており、新入行員から同期との闘いに勝ち抜いて支店長に登用され、そのなかから頭角を現した者が大規模店の支店長や本部の部長を歴任し取締役に登用される。
維新銀行では大きな人事異動は4月1日や10月1日が多かった。初支店長への登用または上位店の支店長への栄転、あるいは支店長から本部の部長への昇格は、本店で頭取より直接辞令交付を受けることが恒例となっている。
辞令交付を受ける前日、人事部長から直接本人に、
「明日10時より転勤辞令の交付を行いますので遅れないように来て下さい」
との、呼び出しの電話連絡が入る。東京や大阪など海峡市の本店から遠い支店は、辞令交付に間に合うようにとの配慮から3時過ぎに電話連絡が入るが、本店に近い支店長には5時過ぎに呼び出しの電話が入ることが多かった。初支店長の「呼び出し」の場合は、所属する支店長か部長経由で本人に伝えられる。
事前に異動を伝える銀行もあるが、維新銀行は支店長の事故防止のため、前日に異動を知らせることが慣例となっていた。従って、在任期間が2年を超える支店長にとっては、3月末日や8月末日は、支店長としてふさわしい業績を上げたかどうかを問われる運命の日でもあった。成績優秀であれば再度格上の支店長や部長に栄転し出世街道を走れるが、悪ければ支店長を外されて、本部の次課長などの中間管理職やあるいは営業店の次長などの管理職に降格されることになる。まさに人生航路の明暗を分ける一瞬でもあった。それでも小規模店の支店長から本部の次課長への転出は次のステップへの芽があるが、中規模店以上の支店長が更迭されて、本部の次課長や監査部の検査役への転出は、出世レースから脱落することを意味していた。
この支店長の栄転や更迭の人事に深く関与する人物がいた。それは第五生命の山上正代であった。谷本は頭取室に2本の電話を設置し、うち一本は山上専用の回線であった。山上はそのホットラインを通して、自分の保険に協力した支店長を褒め称え、協力しなかった支店長は更迭するように進言。山上の資金援助で頭取の座を射止めた谷本は、山上の意見を取り入れて保険勧誘に協力した支店長を昇進させ、業績を上げた支店長であっても山上の保険勧誘に協力しなかった支店長を更迭するという不公平な人事を頻繁におこなうようになっていった。
維新銀行は一介の保険外務員に過ぎない部外者の山上正代の手によって牛耳られ、憂慮すべき人事異動を発令するようになった。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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