<二頭体制崩壊の背景(7)>
維新銀行では、絹田頭取時代から伝統的に組合幹部出身者を重用する方針を打ち出し、数多くの組合出身の取締役が誕生した。絹田頭取の跡を引き継いだ植木頭取もそれを踏襲したが、決して盲目的な登用はしなかった。たとえ組合幹部出身者であっても、手元において人物を見てからしか役員には登用しなかった。
しかし植木会長が亡くなり、谷本頭取が名実ともに実権を掌握するようになると、組合幹部出身者に加え、植木会長と同窓の西部大学出身者に代わって、S大学出身者の幹部登用が目立つようになった。それは同時に第五生命の山上正代の保険勧誘の協力者たちが増えることを意味していた。
山上正代と面識がない者も、彼女の存在を無視はできなかった。
例えば、こんなことがあった。
最近はインターネットが普及し人事異動も発令と共に当日中に知ることができるようになったが、以前は一般の人が銀行の人事異動を知るのは翌日の朝刊であった。
堀部正道は1995年4月1日に谷本頭取から辞令交付を受け、北浦支店長を拝命した。北浦支店は海峡市内の北東に位置する小規模店であった。堀部はその日のうちに初支店長として北浦支店に赴任すると、第五生命の山上正代から「ご栄転おめでとうございます」と、祝電が届けられていた。
部外者は誰も知らない維新銀行の人事異動の情報を、山上はすでに入手していることになり、堀部は山上が少なくとも人事部長を含む上層部にまで深い繋がりを持っていることを思い知らされることになった。
堀部は山上と谷本が親密な関係であるとの噂を聞いていたが、県外店勤務が長かったため山上との接点はなかった。しかし北浦支店長に赴任するとすぐ、ある支店長から
「山上にべったりすることはないが、そうはいっても嫌われないようにしないといけないよ。たかが保険屋のおばさんと高をくくっていると手痛い目に会うよ。山上の保険勧誘に協力しなかったばかりに中傷されて、支店長を更迭された者は山ほどいる。維新銀行にとって獅子身中の虫である山上には、くれぐれも注意しといた方が良いよ」
と、電話でアドバイスを受けた。
北浦支店長に赴任して1カ月を過ぎた頃、堀部に山上から電話がかかって来た。
「堀部支店長さん、おめでとうございます。頑張って下さいね。谷本頭取も堀部支店長に期待しているとおっしゃっていましたよ」
と、谷本頭取と親しい関係にあることを強調し、
「ところで来週13日の木曜日、10時にご挨拶にお伺いしてもいいですか」
と、言った。
山上の言葉のなかに有無を言わせない慇懃な旋律が含まれているのを知った堀部が、「お待ちしています」と伝えると、「それでは宜しくお願いします」と、穏やかな声を返してきた。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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