<二頭体制崩壊の背景(9)>
堀部が北浦支店に赴任して半年が過ぎた10月の中旬、山上から堀部に電話がかかって来た。
「堀部支店長さん。ご無沙汰しています。半年過ぎてすっかり取引先とも仲良くなられたでしょう。谷本頭取が、北浦支店は堀部支店長になって業績は随分良くなってきていると褒めておられましたよ。しっかり頑張って下さいね」
と、堀部の掌をくすぐるような言葉をかけて来た。
堀部は、
「お褒め頂いて有難うございます。今後ともご支援宜しくお願い致します」
と、言葉を返すと、山上は
「いえいえ、何を言われますか。こちらこそご支援をお願いしなくちゃなりませんのに。宜しくお願いしますね。そうそう来週の19日の火曜日、10時にそちらにお伺いしたいのですがご都合は如何ですか」
と、猫なで声で話しかけて来た。堀部は
「一寸待って下さい。予定表を見ますから」
と言って、手帳を開け、
「19日ですね。お待ちしています」
と返答した。すかさず山上は
「そこでお願いですが、取引先を何社かご紹介願えないでしょうかね」
と、畳みかけてきた。堀部はヘビに睨まれた蛙のような心境になったが、気を取り直して
「何社か声を掛けてみます」
と答えるしかなかった。それを聞いた山上は
「宜しくお願いします」
と、上機嫌で電話を切った。
翌週山上は約束通り、北浦支店に堀部を訪ねて来た。堀部は、支店に隣接する家電販売店の秋谷電機を山上に同伴し訪問。それが終わると山上が雇ったハイヤーに同乗して、木下建設を訪問した。紹介した社長との話は弾んだが、2社とも保険契約に前向きな返事はもらえなかった。
帰りのハイヤーの中で、堀部は山上の期待に沿えなかったことを詫びたが、山上はにこやかな顔をして、
「初めて堀部支店長からご紹介を受けて有難うございました。これに懲りずにこれからも紹介をお願いしますね」
と、意外にも労いの言葉を掛けてきた。その山上の言葉に堀部はほっと胸を撫で下ろした。
堀部は保険の成約は出来なかったが、とりあえず紹介したのだからこれで良いと思う反面、成約に至らなかったために人事面でクレームをつけられるのではないかと不安になった。
しかし堀部の心配をよそに、山上は、堀部の保険紹介がすぐに成約できるとは最初から思っていなかった。要は新任の支店長に、谷本頭取と山上との親密な関係を植え付けておくことが大きな目的だった。そうしておけば自然に熟柿が落ちるように、支店長の方から山上に擦り寄ってきてくるとの、したたかな読みがあった。まず山上による面接を受け、その後第一次試験にあたる保険契約の成否が、将来上位の支店長に推薦されるかどうかが決まる、将に登竜門であった。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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