<二頭体制崩壊の背景(10)>
第五生命の保険外務員の山上正代は小口の生命保険よりも、契約額が5,000万円を超える大口の生命保険を主力とする営業を展開しており、山上が勧誘のターゲットとする顧客は(1)企業の代表者やその後継者、(2)新規開業医などであった。資金繰りに余裕のある顧客は、自己資金で保険料を一括払いするケースもあるが、多くは保険料ローンを利用した一括払い方式の保険であった。
本来保険料ローンは、決算内容が良好な取引先に対し節税対策として勧めるものであった。維新銀行が山上に紹介した先のなかには確かにそのような企業もあったが、大半は業況が厳しい企業が多く、一括払いの保険料ローンを取り組むのは問題であった。
他社を含め普通の保険外務員は、地縁血縁やまた知り合いの紹介などあらゆるつてを頼っても契約に至らないケースが多かった。
しかし山上は、維新銀行が知り合いであり、その紹介という点では変わりはないが、保険契約に至る過程が問題であった。それは融資を通じて優位な立場にある維新銀行が、紹介の形をとってはいるが、実態は山上に代わって保険の勧誘をしていることだった。 維新銀行が山上へ保険を紹介し成約となった件数は、月払いや年払いによる保険料の払い込みをしている企業や個人は記録に残らないため把握は難しいが、保険料ローンの取り扱いから推計するとかなりの件数に上るものと思われた。
梅原取締役から谷野頭取に、維新銀行が取り扱っている第五生命の保険料ローン残高は14億3,500万円と報告されたが、この数字は昨年度までの2年間で実行された保険契約額であり、取扱件数にしても実行ベースの概算数字であった。
梅原取締役は審査部に再調査を命じた結果、驚くべき数字が谷野のもとに上がって来た。
谷本が頭取であった2000年3月末は、全体の件数518件、うち第五生命は351件で、構成比は65%であった。残高は130億円で、そのうち第五生命は87億円、構成比は67%で、第五生命の保険料ローンのほとんどは、契約書の写しから山上が持ち込んだものであることもわかった。
一方3年後の今年1月末における維新銀行全体の保険料ローン取扱件数は298件、そのうち第五生命が212件で、構成比は71%であった。残高は78億円で、うち第五生命は57億円、第五生命の構成比は73%に上っており、件数および金額とも第五生命が断トツであった。
バブル崩壊によってもともと業績の悪かった企業の解約が相次ぎ、第五生命の件数および残高は3年前と比べて急減していることも判明した。 そんな折に、追い打ちをかけるように谷野頭取が梅原取締役を通じて、全店に第五生命への保険紹介と保険料ローンの取り組み中止の通達を出したことは、山上や谷本に大きな衝撃を与えることになった。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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