<二頭体制崩壊の背景(13)>
吉沢は2時間を超える話し合いを終え、谷本を見送ると急いで支店長室に戻り、東南支店長の沢谷に電話を入れたが不在であった。代わりに電話に出た次長は、
「沢谷専務は今来客中です。終わり次第すぐ吉沢常務に電話をするようにお伝えしておきます」
と、すまなさそうな声を返してきた。
吉沢は支店長室で沢谷からかかってくる電話を待つ間、椅子に座りじっと考え込んでいると、谷本と交わした話の内容が、走馬灯のように頭のなかを駆け巡っていった。
吉沢はまだ谷本が居るような錯覚に陥った。谷本の一つ一つの言葉がこの室内に充満し、次第にその余韻が増幅し、魅せられた気分に引き込まれていった。
谷本が言った
「谷野君を、頭取のままにしておくと大変なことになる。頭取を交代させることも考えないといけないなぁ」
との言葉が、吉沢の心の奥底に棘のように深く突き刺さり、やがて谷本の言葉が神の暗示のように、吉沢の心を支配していった。
吉沢は今日の谷本との運命的な話し合いが、「谷野頭取罷免」の引き金になると思うと、体中が興奮の坩堝に包まれ、酔いしれた気分に浸っていった。
突然電話が鳴って吉沢ははっと我に返ると、沢谷専務からの電話であった。甲高い声で沢谷が、
「今まで第五生命の山上さんが来られていたので、連絡が遅くなりました。山上さんへの保険紹介と保険料ローンの取り扱いを谷野頭取が中止したと言ってもの凄く立腹され、宥めるのに今までかかってしまった」
と、話しながら、
「ところで今日防衛協会の理事会に谷本相談役がそちらに行かれたらしいね。何か良いお話がありましたか」
と、含みのある聞き方をしてきた。
吉沢は、
「実は谷本相談役が、最近の谷野頭取と栗野会長との関係がうまくいっていないし、相談役も谷野頭取に対して我慢の限界に来たとのお話があった。私を含め沢谷専務、北野常務、川中常務も同じように谷野頭取に不信感を持っていますと、お伝えしたところ、この様なことになってしまったのは、僕が谷野君を頭取にした人選が失敗だったと言われ、最後に谷野君を頭取のままにしておくと大変なことになる。頭取交代も考えないといけないと言われたので、役付役員4名も同じ考えを持っていますとお伝えした。相談役がお帰りになられたので、その件を早速お伝えしようと電話しました」
と、熱気を帯びた喋り方をした。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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