売り出し中の歌手が飲み屋をまわり、客の前で歌って名前を売る。そうした光景が見られなくなって久しい昨今、先日訪れた店に突然、流しのミュージシャンがやって来た。
「長丘さん、実はきょうは約束があるんです」と、「メンバーズ小次郎」のプレイング・マネージャーである坂地監督が、麦焼酎の水割りを出すのと同時に切り出した。聞けば、先月(9月)の10日、同店を訪れたアメリカ人の流しのミュージシャンに、1カ月後に店で演奏することを約束してもらったという。「小ちゃなメル・ギブソン」と監督がいう、その人は、さすがに歌が上手く、お客さんのリクエストに応じて、さまざまな曲を披露してくれたという。「本当に来ますかね?」と言った矢先、店のドアが開き、その小ちゃなメル・ギブソンが入ってきた。
ギターを片手に店へと入ってきたのは、トミー・セルバンテスさん。テキサス生まれのアメリカ人で、日本で音楽活動を始めて30年というベテラン歌手。現在は宗像市に在住し、日頃は子どもたちへの英語教育に関した活動も行なっているという。
彼のリクエストメニューには、「マイウェイ」「カントリー・ロード」「ダニー・ボーイ」「トップ・オブ・ザ・ワールド」をはじめ、誰もが耳にしたことのある曲がズラリと並ぶ。突然のことに、小生も含めて店にいた客は戸惑ったが、1曲、2曲と、リクエストに応じたトミーさんの歌に、店内のテンションが上がっていった。
頃合を見計らって、すでにトミーさんの大ファンである坂地監督が、「トミー、オリジナルソング、プリーズ!」と声をかけた。曲の一覧にはない、まさに裏メニューの登場にざわつく店内。そして、トミーさんのオリジナル「ファイアー&アイス」の前奏が始まった。
ここまで英語で歌っていたトミーさんだが、なんとオリジナルソングは日本語! しかも、日本のクレイジーケンバンドを彷彿とさせる、なんとも飲み屋街にピッタリなシブイ曲調である。その後も、トミーさんの美声は店内に響き、たいへん気分よく酔いしれることができた。
自分のカラオケで自己満足にひたる酒もいいが、やはりプロの歌に酔う酒もいいものだ。次は10月25日に訪れる約束とのこと。詳しくは「メンバーズ小次郎」まで。
長丘 萬月 (ながおか まんげつ)
福岡県生まれ。雑誌編集業を経て2009年フリーに転身。危険をいとわず、体を張った取材で蓄積したデータをもとに、「歓楽街の安全・安心な歩き方」をサポートしてきた男の遊びコンサルタント。これまで国内・海外問わず、年間400人以上、10年間で4,000人の歓楽街関係者を『取材』。現在は、ホーム・タウンである中洲(福岡市博多区)にほぼ毎日出没している。
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