＜谷野頭取包囲網（４）＞
　沢谷は、
　「木下君が駄目ということになると、メンバーは今日のところ、栗野会長、私と吉沢常務、北野常務、川中常務、松木取締役、大島取締役の７名ということになり、過半数まであと一人だが、その一人はこの６月、取締役に昇格する原口君を説得すれば８名の過半数を確保できる」
　と、自信ありげな発言をした。
　沢谷の話を聞いた吉沢と北野そして松木の３人は、
　「原口君を取締役に任命するのは谷野頭取であり、たとえ組合出身といっても原口君がこちらの陣営にすんなりとつくだろうか。もし説得できなかったら、この計画は失敗するのではないか」
と、一様に不安な表情を浮かべた。

　沢谷は三人の不安を見透かすかのように、
　「このＴＫ作戦が我々組合出身の役員が主導したとなれば、後々大きな問題に発展する可能性がある。その批判をカムフラージュするためにも木下君は誘わない方が良いと思う」
　と述べた。
　ほんの一瞬躊躇するような素振りを見せた沢谷だが、おもむろに、
　「実は相談役が古谷取締役に谷野頭取罷免の話を持ちかけており、今朝古谷君から僕に『メンバーに参加させてほしい』と、言って来た。先程７名で過半数にはあと残り一人と言ったが、古谷君が加わると８名の過半数となり、たとえ原口君がこちらに入らなくても既に過半数は固まったことになる。従って、我々は谷野頭取を罷免することができる。と言うことは、もし原口君はこちら側につかなければ１期２年で退任することになる。要するに説得するとかしないではなくて、必然的にこちら側につかざるを得ないと思う」
　と、余裕綽々な話し振りに変わっていった。これで１５名の役員のうち過半数の８名が決まり、残り１名もほぼ見通しが立ったことから、ＴＫ計画は次の議題へ移っていった。
　
　第三の議題は谷野頭取の更迭理由であった。昨年９月末の中間決算で谷野頭取が不良債権処理に伴う大幅な赤字決算を発表したため、前期３月末の通期決算は大幅な赤字となるが来年３月期は急回復することが予想されており、業績不振を理由に頭取を更迭するのは無理があった。
　まして経営態度が厳しいとか、山上の保険勧誘を禁止したとか、谷本相談役や栗野会長に対して不遜な態度を取ったとかは瑣末なことであり、谷野頭取更迭の理由にはならなかった。谷野が個人的に使い込みをしたとか、または営業上で大きな判断ミスを犯し維新銀行に多大な損失を与えたとかの経営上の失敗でもない限り、僅か２年で頭取を更迭する理由にはならなかった。
　いろいろな角度から谷野頭取更迭の理由を探してみたが、これと言った妙案は見当たらず議論は暗礁に乗り上げてしまった。そこで沢谷が、
　「谷野頭取更迭はまだ一年先の話であり、その間に理由を見つければ良い。この件はまた後日話し合うことにしたらどうだろうか」
　と提案し、第三の議題は持ち越しとなった。『ＴＫ計画』には谷野頭取を更迭する大義名分はなく、組合出身の役員達が自分の身を守るために企図した、まさに私的クーデター計画であった。
　

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※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。

▼関連リンク
・「維新銀行　第二部　払暁」～第１章　谷野頭取交代劇への序曲（１）

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