<谷野頭取包囲網(11)>
栗野会長の入院に続き、8月下旬には顧客情報の漏洩事件が発生。維新銀行は金融庁から情報漏洩により業務改善命令を受けることになった。順風満帆に見えた谷野体制は暗雲が垂れこめる事態に遭遇することになる。
谷野頭取は中国財務局からの呼び出しを受け、情報漏洩の経緯および顧客との長年のトラブルの内容についてのヒヤリングを受けた。
一方「筋委縮性側索硬化症」と診断され、厚生会病院に入院していた栗野会長は、顧客情報の漏洩事件の報告は常時受けていたが、入院中の栗野は報告を受けるだけで何もすることができなかった。栗野は代表取締役会長の身でありながら、病床に身を置く自分自身に嫌気がさしそうになったが、心の中には、
「この様な事件が起こるのは、谷野の身から出た錆ではないか。自業自得というものだ」
との思いが募り、谷野に対して強い敵愾心を持つようになっていった。
また営業本部長の川中常務は、事件の情報報告は受けるが、ほとんど首を突っ込むことはしなかった。情報漏洩の本部担当役員は、経営管理担当の小林取締役と事務管理部門担当の小林取締役に任せきりであった。その様な川中常務の姿勢を見て、谷野頭取は不信感を抱くようになっていった。
また中国財務局の窓口である安芸本部長の北野常務も、都合の良いことには首を出すが、不祥事件のように自分の立場が悪くなるような案件には、積極的に関与する姿勢は示さなかった。
そのため中国財務局との交渉は、谷野頭取の指示をうけて小林、木下の両取締役が当たることになり、谷野頭取は北野常務にも不信感を持つようになっていった。
それから1週間も経たない9月初旬、維新銀行に再度衝撃が走る事件が発覚した。男子行員による顧客預金の流用事件であった。男子行員は、昨年5月~8月にかけて支店のATMから現金900万円を横領し、8月22日付で懲戒解雇されていたが、今年9月5日、高齢の女性から満期の定期証書が届かないと支店に電話があったため調査した結果、横領事件を起こした男子行員が定期証書を偽造していたことが判明。
犯行は谷本専務が頭取に就任した直後の、1993年~94年にかけて行なわれたものであったが、満期が来ると利息と偽造の定期証書を持参していたことから発覚が遅れた。被害者は高齢の女性4人で、被害額は総額約9,000万円に上り、全額銀行が代位弁済した。9月22日付で、男子行員を詐欺罪で警察に告発した谷野頭取は、
「二度とこの様な事が起こらないよう、法令順守の徹底や行員の教育制度の見直しなどに全力で取り組む」
と、記者団に向かって深く頭を下げ謝罪した。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
▼関連リンク
・「維新銀行 第二部 払暁」~第1章 谷野頭取交代劇への序曲(1)
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