<谷野頭取包囲網(13)>
一方8月に「筋委縮性側索硬化症」と診断され、厚生会病院に入院した栗野の病状は、丸2カ月経った10月下旬を過ぎても改善の傾向が見られなかった。左足と右手が麻痺しているため、車椅子を使うことも出来ず、病室で悶々とする日々を過ごしていた。
めっきり寒くなった11月初旬、栗野が何気なしに右胸を触ってみると、乳頭周辺にしこりがあるのに気付いた。回診に来た医者に相談すると診察を受けるように勧められた。
翌日朝8時半に、女性看護師の付き添いを受けて病室から車椅子で乳腺外科に行き、専門医師の津江森の診察を受けた。津江森は触診後、看護師にマンモグラフィーによる検査を指示した。レントゲン室前には2~3人が検査待ちをしていたが、事前に乳腺外科から連絡が入っており、待つことなく検査を終えた栗野は、一旦西病棟にある病室に戻って、津江森の診断を待つことになった。11時を少し過ぎた頃、診察室から呼び出しがあり、栗野は再度看護師に付き添われ、検査結果を聞きに行った。
画像を見ながら津江森は、
「栗野さん、この画像から見ると左の乳房には異常は見当たりませんが、右の乳輪下に固く大きな腫瘤があります」
と、左右の画像を指さしその違いを説明した。
栗野は、
「その腫瘤は悪性ですか、それとも良性ですか」
と、心配そうな顔で聞いた。すると津江森は、
「今のところどちらかはわかりませんが、画像を見る限り悪性の可能性もあります。明日病理検査をしましょう。その結果を見てからでないと何とも言えませんが、そんなに心配されなくてもいいですよ」
と、栗野に励ましの声を掛け診察を終えた。
津江森はカルテを作成し、明日行う病理検査の手配を看護師に指示した。乳がんは閉経後の女性に多く見られるが、60才以上の男性でも女性同様の乳がんを発症する割合は、乳がん全症例の約1%あり、栗野の胸部画像を見た津江森の所見は、乳がんであった。
数日後に出た病理検査の結果、は津江森の予想通りであった。
「栗野さん、検査の結果悪性の腫瘤でした。いわゆる女性の乳がんと一緒です。手術による切除も考えられますし、放射線による治療、ホルモン剤の投与、あるいは化学療法などいろいろな治療法があります」
と、検査結果を聞きに来た栗野を気遣うように優しい声を掛けた。
いつ治るかわからない筋委縮性側索硬化症を患っている上に、津江森から新たに乳がんと言われ強い衝撃を受けた栗野であったが、
「手術でも構いませんし、先生の治療方針に従いますので、宜しくお願いします」
と、深々と頭を下げた。津江森は仲間の医師ともディスカッションし、最善の治療方法として切除をすることを決めた。11月中旬に手術は無事終わったが、乳がん手術は本人の栗野のみならず、谷野頭取罷免の『TK計画』に参加しているメンバーに大きな衝撃を与えることになった。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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