<ロールプレイでスキル磨く>
世の中には、そもそも、明確な正解というものは、思っているほどには多くない。結果的に選んだ道が正解だったとか、選択肢(1)を選んだらほかに比べて1番よかったとか、そういうのは多いが、結果論である。正解のないことを探っていくのが「交渉」である。
田村教授は、「交渉学の理論はすぐにわかっても、実社会やビジネスの場で、実践できるかというとそうではない。交渉学の教室では、実践的なトレーニングとセットで教えている。ビジネスの経験のない学生にも、参加型のロールプレイで教えている」と語る。知識の学問ではない。知識は正解を求めるが、交渉学は、実践的で、スキルを磨くことを目標にしている。たとえば売買の交渉や、ビジネスの現場の合併事業化交渉、一風変わったところでは人質解放のネゴシエーションなど、さまざまなケースを想定し、実際に演じることで、実践的に交渉を学ぶ。
「法律というのは、事件や契約違反があったら、法律の条文がすんなりそのケースに当てはまるかというと、当てはまらない場合の方が多い。正解がわからないから、裁判が起こる。法解釈をうまくやらないと、実際に世の中で起こる事件や契約違反のケースにぴったりとは当てはまらない」と田村教授は説明する。法学でも、正解を探していく過程が大事。それは、実社会でも同じである。
<リーダー育成の場が必要>
ビジネス交渉などにおいて、ゼロサムの妥協ではなく、創造的なアイディアを出してWIN-WINで解決していこうというのが、交渉学である。アメリカでは、ハーバード大学を筆頭に多くの交渉事例を分類整理して、実証的な理論を立ち上げる研究が進んでいる。MBAなどでは、交渉を実践的に学ぶプログラムも多数ある。
「どうやって、お互いにWIN-WINの状況を作るのか。そのプロセスを勉強し、スキルを身に付ける方が実社会の中では、より役に立つ。日本でも交渉学を実践的に学ぶ場がもっと必要だと思っています」と田村教授。グローバル化していく社会の中で、日本の政治的リーダーやビジネスマンたちは、アメリカ人のビジネスマンだけでなく、欧米の一流の大学で学んだアジア各国の手強いリーダーたちとも対峙しなければならない。ビジネスの現場でも交渉力を身に付ける必要性が高まっている。日本では慶応義塾大学などが、ロールプレイ(実践)を行う講義を持っているが、まだ全国的には少ない。グローバル社会の中でタフに戦う若きリーダーを輩出するためには、教える側の人材不足とも言える。将来的に日本からよりよい交渉を実践できる人材、WIN-WINを構築できるリーダーが育つには、学ぶ場の発展も欠かせないのかもしれない。
<プロフィール>
田村 次朗(たむら じろう)
慶応義塾大学法学部教授。専攻は、経済法、国際経済法と交渉学。ハーバード・ロー・スクール修士課程在籍時に、交渉学を学ぶ。ジョージタウン大学客員教授などを経て、97年より、現職。ハーバード大学交渉学研究所では、インターナショナル・アカデミック・アドバイザー、ダボス会議(世界経済フォーラム)では「交渉と紛争解決」委員会の委員を務める。交渉学に関する著書に「交渉の戦略」(04年、ダイヤモンド社)など。
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