<谷野頭取包囲網(20)>
沢谷の電話を受けて、堀部は早速、次長の茂木を支店長室に呼んだ。
堀部は、
「実はたった今、東南支店長の沢谷専務から電話があった。先日の小倉支店の開店50周年の懇親会は盛大であったと谷本頭取がおっしゃっていたそうだ」
と伝えると、茂木は、
「それは良かったですね。取引先にも喜んで頂いたし、生花も多かったですね。本当に有難いことです」
と、笑みを浮かべながら話した。
「それと市長の北九州市に本店を構える銀行がない。『北山銀行』でも『山北銀行』でもいいので、ぜひ立ち上げてほしいとの話が地元の新聞に載っていましたが、福銀や西銀の地場銀行はかなり衝撃を受けたと思いますよ」
と、得意顔をして話した。堀部は、
「かえって地元銀行3行から反発を受けて今からが大変かもしれないが、今まで通り力を合わせてやろうね」
と、茂木に優しく労いの声を掛けた。
茂木は高卒であったが機転が利き、考え方もしっかりしていた。新規開拓班のトップとして部下の扱いも手慣れたもので、他行肩代わりや新規先開拓に抜群の実績を上げていた。茂木には内部管理を受け持つ上司の副支店長がいたが、堀部は営業を担当する茂木次長を重用していた。
茂木は、
「ところで、さっきの沢谷専務からの話ですが、他に何か言ってきましたか」
と、目敏く聞き返してきた。堀部は、
「実は沢谷専務からの電話を要約すると、『堀部支店長、君は55才を過ぎて、今は定年延長の身だよね。もうすぐ役員の改選時期を迎えるが、役員候補として残るかどうか今が一番大切な時期と言うのは解っているね。そのためには山上さんの印象を良くしておいた方が良いよ。あの人が反対したら駄目になることもあるからね。明日山上さんから電話があると思うので、何件か保険を紹介するようにしたらどうか』とのニュアンスの話だったが、どうしたら良いかね」
と、茂木の顔を見て言った。
茂木は、
「支店長、この件は黙って私に任せて下さい。国井課長と二人でやりますので、支店長は動いたらいけません。明日山上さんから連絡を受けたら、茂木に紹介先を手配するように伝えていますので茂木と代わりますと言って、電話をこちらに回して下さい。維新銀行の役員になろうかと言う人が、自ら保険で手を汚したらいけません」
と、きっぱりとした口調で言った。
堀部は、
「済まんがそれでやってくれるかね」
と表面は言い繕ったが、「茂木次長、迷惑を掛けて済まん」と、心の中に込み上げてくる感謝の気持ちを伝えるため、茂木と堅く握手し、暫くその手を離さなかった。
沢谷専務から電話があった翌日、沢谷が言った通り第五生命の山上から堀部に電話がかかって来た。
「堀部支店長さん、お久し振りでございます。随分頑張っておられると谷本頭取さんからお聞きしました。小倉支店の50周年の懇親会は随分盛大だったと、頭取さんも喜んでおられましたよ」
と、掌をくすぐるように話し掛けて来た。
堀部は、
「有難うございます。小倉支店長になれましたのも、谷本頭取のお陰です。心から感謝しています」
と答え、続けて、
「長い間、ご無沙汰して申し訳ありませんでした。気には止めていたのですが、なかなかお役に立てなくて失礼しました」
と言うと、
「いえいえ、あなたは県外の支店長を長くやっておられたので、こちらの方こそお伺いの挨拶もできず失礼しました」
と、お互い久し振りの会話に言葉を選びながら、腹の探り合いの応答が続いた。
頃合いを見計らって堀部の方から切り出した。
「早速ですが、昨日、沢谷専務から電話を頂きました。今回、何とかご協力できるようにしたいと思っています」
と伝えると、
「まあ 早速良いご返事を頂いて有難うございます。先方さんのご都合に合わせていつでもそちらに参りますので、宜しくお願い致します」
と、丁寧な言葉を返してきた。
堀部は茂木次長と打ち合わせをした通り、
「茂木次長に話をしておりますので、今後の日程について話し合って下さい。丁度茂木次長が居りますので電話を代わります」
と伝えると、山上は、
「そこまで話が進んでいるとは思っていませんでした。本当に有難うございます。それでは茂木次長に電話を代わってもらえますか」
と、別人かと思われるような親しみのある声を返して来た。
茂木次長と山上の電話のやり取りが終わると、再び堀部に電話が廻って来た。山上は、
「堀部支店長さん、茂木次長さんからご契約を出来る先をご紹介頂けるとの有難いお話を頂きました。日時は先方のご都合に合わせて、追って連絡するとのことです。本当に有難うございました。今後とも宜しくお願い致します。茂木次長さんには、くれぐれも宜しくお伝え下さい」
と言った。
山上との長い電話のやり取りは終わった。堀部は山上の力を借りることなく、自分の力で小倉支店長のポストに就いたとのプライドを持っていた。しかし沢谷の電話を受けて、とうとう山上の保険獲得に協力することになり、今まで感じたことのない、えも言われぬ虚しく惨めな気分に陥った。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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・「維新銀行 第二部 払暁」~第1章 谷野頭取交代劇への序曲(1)
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