＜谷野頭取包囲網（25）＞
粟屋署長の後を受けて、本間課長は、
「匿名でなくても良いとの了解を本人たちからもらっていますから名前を言います。２人は昨年４月に採用された双子の姉妹で、姉の武藤康代は常盤支店、妹の武藤道代は東町支店に勤務しています。姉の話によると新入行員として昨年４月、配属された日に吉沢支店長に朝は何時に出勤すれば良いのですかと聞いたら、『みんな８時頃に来ているのでその頃じゃないの』と、言われたので８時に出勤するようにしたと言っています。銀行の就業規則では始業時刻は８時45分で、終業は５時30分となっているのにと思ったそうです。そのため姉妹２人は相談の上、その翌日から毎日、出勤した時間と退行した時間を記録しており、昨年４月から今年６月30日までの１年５カ月分の出勤時間を記したものを提出しました。その写しがこれです」
と言って、２人が手書きで作成した月別に記した出勤時間記録表を堀部に差し出した。
堀部がその表を受け取ると河合担当官が、
「姉妹２人が提出した早朝出勤の45分と、終業時間後の時間外とに分けて考えた方がチェックしやすいと思います。この表はあくまでも本人たちが記録したものであり、そのまま受け入れるかどうかは銀行の判断になります。まずはこの表を持って帰られて、どのような考えをされるのかをお知らせ願いたい」
と、労働条件の紛争担当官らしい発言をした。
本間課長は、
「維新銀行さんは、タイムレコーダーではないですよね。出勤簿に印鑑を押す方式ですよね。タイムレコーダーを導入すればこんな問題は起こらないのですがね」
と、サービス残業が恒常的に行なわれている銀行の足元を見透かすような発言をした。
続けて、
「堀部支店長はまだ赴任して来たばかりですから、わからない点も多々あろうかと思いますが、本人たちに言わせると、店内検査の日とか繁忙日の２５日の給料日・月末などの特別な日は認めてもらえたが、そうでなくて遅くなった時などに時間外手当の申請をしても、担当の上司が認めず何度も抗議したと言っています。担当の上司がそのことを支店長席に伝えなかったのか、それとも聞いていたが支店長席で握りつぶしたのか、その辺についても確認をしておいてもらいたい」
と、暗に銀行の上層部で握りつぶしたような言い回しであった。
堀部は、
「この資料を持ち帰らせて頂き、今後の対応についてどうするかは本部とも相談して決めたいと思います。それで良いですか」
と言うと、本間課長は、
「それで結構です。ただし、一週間以内に返事を下さい」
と言うと、最後に河合担当官が、
「２人の姉妹と維新銀行は当事者同士ですので、直接事情を聞く行為はしないで下さい。何かわからないことがあれば、本間課長か私に聞いて頂ければ結構です」
と述べて、重苦しい雰囲気に包まれたまま会談は終了した。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
▼関連リンク
・「維新銀行 第二部 払暁」～第１章 谷野頭取交代劇への序曲（１）
※記事へのご意見はこちら
