<谷野頭取包囲網(27)>
堀部は6月26日の株主総会で取締役への就任が承認され、晴れて維新銀行取締役常盤支店長となった。女子行員2名による労基署への時間外手当の申告問題は、人事部長を交えての交渉となり、姉妹の行員が作成した1年3カ月におよぶ出退記録表をチェックする作業などもあり、長期戦の様相となった。
堀部は労基署との打ち合わせに何度も足を運び、維新銀行が調査して確定した時間外手当の支給と姉妹2人が申告した金額との差が大きく、なかなか話が前に進まなかった。年末を控え労基署の河合労働条件紛争担当官が、銀行が提示した金額に5万円を上乗せする斡旋案を提示し、6月に姉妹が労基署に駆け込んでからほぼ半年後の11月下旬に、やっと双方が合意し決着することになった。しかしこの労基署との決着が6カ月におよんだことで、堀部は取締役としての資質を問われることになった。人事部長の黒部も堀部と同席して労基署と交渉したにもかかわらず、人事部長の自分に責任がおよぶことを恐れ、
「妥結が遅くなったのは、堀部取締役の交渉の仕方がまずかった」
と、責任を堀部に被せる動きをしたからであった。
労基署の斡旋により時間外問題が妥結したことを12月7日(金)に開催された取締役会議で堀部が報告すると、谷本頭取は、
「この様な問題は早く決着することが大切で、今回の件は時間がかかり過ぎだと思う。今後この様な事がないよう堀部取締役は全責任を負っているとの自覚を持ってスピーディに対処してもらいたい」
と述べ、この原因を作った吉沢常務の責任を問うことはなく、妥結が遅れた責任を堀部が一身に背負う形で決着することになった。
時間外の問題が妥結に向かった同じ11月下旬、堀部は常盤地区傘下の支店長より西部大学付属病院の医師が独立開業したため、お祝いに同伴してほしいとの依頼を受けて新装の佐々木放射線科を訪れた。最新設備を備えた医院の内部を案内され、 佐々木院長より、
「折角お見えになられたので、明日でも血液検査と胃カメラの検査にぜひ来て下さい」
と勧められ、堀部は丁度定期健診から6カ月過ぎていたこともあり、軽い気持ちで検査を受けることになった。
翌日胃カメラが荒れた胃の中央部に入っていくと、腹部側に2cm程のポリープが映し出された。院長は、
「少しチクッとしますが、検査のため4カ所ほど細胞を取ります」
と言って、胃カメラを操作するとポリープの周辺に小さな鮮血が飛び散るのが見えた。
堀部の「良性であってほしい」との願いは、3日後に訪れた医院の検査結果で、無残にも打ち消されることになった。院長から、
「胃がんです。早く切除した方が良いでしょう。手術の予約を大学病院に入れましょうか」
と聞いてきた。堀部は、
「悪いものはこの際思い切って今年中に切除して下さい」
と院長に伝えると、
「12月17日(月)の予約が丁度キャンセルされて空いているとのことです。その日にしますか」
と聞かれ、堀部は、
「お願いします」
と言って、医院を後にした。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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・「維新銀行 第二部 払暁」~第1章 谷野頭取交代劇への序曲(1)
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