<風評被害と地学の履修>
災害に関して、無知が引き起こすものとして「風評被害」がある。
平成3年に起きた長崎県雲仙普賢岳の大噴火による火砕流・土石流は火山の東側の島原地区に甚大な被害をおよぼした。西側に位置する雲仙温泉にはほとんど噴火の影響や被害はなかったが、あたかも雲仙地方全体が壊滅的被害を受けて、近づくことのできない危険な場所であるという印象が日本全体に植えつけられた。
雲仙を訪れる観光客は、噴火の直前の前年(平成2年)には約550万人、うち宿泊客は138万人を数えたが、噴火が始まると、パッタリと落ち込み、約20年の月日を経ても、「風評被害」は完全には解消されていない。
平成16年の新潟県中越地震では、佐渡島などの被害軽微な地域でも観光客が激減する「風評被害」が続いた。
これらは噴火や地震に関する正しい知識を、日本人が持たないために起きた現象である。断片的な情報に過剰反応し、短絡的な思い込みが独り歩きしたために、大きな経済的損害が生じた事例と言えるだろう。
「風評被害」の問題は、じつは日本の理科教育にも直結している。たとえば地震や噴火のメカニズムは、高等学校の地学という教科で習う項目となっている。
しかし現在、全国の高校生の地学履修率は7パーセントを下回っているために、大多数の日本人の国土災害に関するリテラシー(理解能力)は、中学生で習った知識レベルに留まっている(鎌田浩毅著『次に来る自然災害』)。
文部科学省は東日本大震災を受けて、防災・災害教育に力を入れる方向に動いるが、高等学校での地学履修の問題については、あまり検討されていない。
人間の力では自然災害を阻止することができないことは、地学の知識があれば簡単に理解できるレベルである。自然災害について正しい知識を得ることは、国家の危機管理にも繋がる要素の1つであることは、世界の常識となっている。
東日本大震災では、津波によって、多くの犠牲者を出した。津波に関する正しい知識を持っていたら、犠牲者の数は大幅に減ったであろうことは、誰の目にも明らかだ。
17世紀の英国の哲学者フランシス・ベーコンの説く「知識は力なり」こそ、災害時には必要なことなのである。
<来るべき災害に備えよ>
日本は昔から災害列島と言われてきた。地球物理学者の寺田寅彦氏は「天災は忘れたころにやってくる」という言葉を残しているが、近年の災害発生の頻度を見ると、日本は今や、災害は忘れる前にやってくる時代に突入している。
今後、首都直下地震や東海、東南海、南海の三連動地震の発生が予想されるなか、日本人は否応なくこれらの災害から逃げることはできないのである。
東日本大震災では「想定外」という言葉が連発された。逃げられない災害から自分の身を守るためには、「想定外」を失くすことが何よりも重要になってくる。
そのためにも日本人の防災・災害の知識レベルを向上させなければならない。もう日本には時間は残されていないのだ。
<プロフィール>
濱口 和久 (はまぐち かずひさ)
昭和43年熊本県菊池市生まれ。防衛大学校材料物性工学科卒業。陸上自衛隊、舛添政治経済研究所、民主党本部幹事長室副部長、栃木市首席政策監などを経て、テイケイ株式会社常務取締役、国際地政学研究所研究員、日本政策研究センター研究員、日本文化チャンネル桜「防人の道 今日の自衛隊」キャスター、拓殖大学客員教授を務める。平成16年3月に竹島に本籍を移す。今年3月31日付でテイケイ株式会社を退職し、日本防災士機構認証研修機関の株式会社防災士研修センター常務取締役に就任した。『思城居(おもしろい)』(東京コラボ)、『祖国を誇りに思う心』(ハーベスト出版)などの著書のほかに、安全保障、領土・領海問題、日本の城郭についての論文多数。5月31日に新刊「だれが日本の領土を守るのか?」(たちばな出版、現在第3版)が発売された。 公式HPはコチラ。
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