<谷野頭取包囲網(31)>
沢谷は、
「この会合が終わった後、今日話し合われた内容を栗野会長に報告することにしています。今ここで話し合っておくことはないですか」
と尋ねると、北野は、
「僕と川中常務の退任の話が出ていますが、この件はこの後どうなりますか」
と、深刻な眼差しで谷本に尋ねた。
すると谷本は、
「沢谷専務、このあと栗野会長に会いに行くのだろう。その時に北野常務と川中常務の退任については思い留まるようにと、谷野頭取に連絡するように言ってくれないかね。その理由として、『どうも自分の体調が思わしくなく、任期途中であるが退任も考えており、会長と常務二人の役付役員3名が一緒に退任するようなことになると行内が混乱することになるので、2人はそのまま留任させた方が良いのでは』と言えば、谷野君は反対しないと思う。
口では栗野君の退任を慰留するだろうが、むしろ谷野君とすれば、『栗野会長が退任すれば、目の上のタンコブが取れて後がやり易い』と打算的に考えるだろうし、そうであれば『北野常務と川中常務を退任させなくても良いか』と思う筈だ。こちらは北野君と川中君の留任の確約さえ取り付けておけば、たとえ二人の留任が谷野頭取罷免の動きのためだったとわかっても後の祭りで、2人を退任させることは出来なくなる。 栗野君も谷野君の罷免と同時に任期途中で退任する腹を固めており、その間役員人事を棚上げすることが出来るし、時間稼ぎも出来ると思う」
と述べ、沢谷に向かって、
「沢谷君、今話した内容について栗野君に良く伝えておいてくれないか」
と言った。
谷本にしては珍しく熱のこもった話し方をしたのは、谷野頭取罷免に対する強い意思を全員に伝えるためであった。それを聞いた北野と川中は感極まったように谷本に向かって、
「相談役、有難うございます」
と、深く頭を下げた。
沢谷は、
「相談役のおっしゃる通りにさせて頂きます。それともう一つご相談ですが、研修で不在の福岡支店長の原口取締役にはまだ声を掛けていませんが、この後どの様にしましょうか」
と聞いた。谷本は、
「今は8名の過半数を確保しているが、栗野会長の体調を考えると、絶対多数を確保しておかないと安心できないので、声を掛けるようにしたらどうかね。今すぐに動くと計画が漏れる恐れもあり、北野常務と川中常務の留任がきまってからで良いと思う。声を掛けて原口君が断るというようなことはないのだろう」
と、沢谷に訊いた。沢谷は、
「原口君には、この『TK計画』については話していませんが、日頃から組合出身の役員同士お互いに親密にしており、間違いなくこちらにつきます。常務2人の留任が決まれば、3月に入ってから説得に行きます」
と、自信満々に答えた。谷本が最後に、
「今からが正念場なのでみんなで力を合わせてやろう」
と述べて密談は終わった。沢谷は急いで栗野が入院している厚生会病院に向かった。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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