オバマ大統領は、再選を勝ち取った直後、最初の海外訪問先としてアジアを選んだ。カンボジアで開かれた東アジア・サミットに出席したのを皮切りに、ミャンマーとタイを訪れている。これは、第2期オバマ政権にとって、アジアをいかに戦略的に重要視しているかを内外に示すものに他ならない。
その背景には、これまでアメリカがイランの核開発疑惑や内戦状態に陥ったシリア情勢など中東地域やアフガニスタンをはじめとする南西アジアを舞台とする宗教、テロ、軍事的対立にあまりにも深く関与し過ぎたことへの再評価が隠されている。ベトナム戦争を上回る数の米兵が犠牲となり、国家財政を破綻の淵まで追いやることになった軍事費の増大への反発が多くのアメリカ人の反発を呼んでいる。こうした国民感情の変化を受け、オバマ大統領とすれば、軍事ではなく経済重視の外交通商戦略に舵を切らざるを得なくなったわけだ。
アメリカにとって、急成長を遂げるアジア諸国との経済的な関係強化は死活的な命題になっている。アジアのもつ可能性は、アメリカのみならず世界にとって大きな魅力である。基本的なデータが全てを物語っている。
何しろ、アジアの全人口は41億6,000万人。一方、アメリカの人口は現在、3億1,000万人に過ぎない。アジア文明の歴史は古く、2500年以上を誇る。アメリカはわずかに150年の歴史しかない。また、世界のGDPに占める、アメリカの比重は現在25.9%。この数字は2050年まで一貫して縮小する傾向にある。他方、アジアが占める比率は現在でも26.9%で、アメリカより大きい。しかも、現在の成長が続けば、2050年までにその比率は50%を超える事が確実視されている。
アメリカが自信の源泉として頼ってきたのは巨大な軍事力であった。その国防予算は7,110億ドル。アジアの主要国、すなわち中国、インド、日本、韓国、台湾の国防予算の総額は2,240億ドル。アメリカにとって、この巨額な国防予算は、アメリカの存在感を裏付けるものであったが、今では逆に国家財政を破綻の崖に追いやる過剰負担になっている。オバマ政権になってから緊縮財政政策が求められ、国防予算も大幅な減額が続くようになった。
アジア各国の経済発展に欠かせない海上輸送路シーレーンの防衛や、テロや海賊対策にはアメリカも対応が十分出来にくくなっており、アジア各国への肩代わりを求める動きが加速している。アメリカの国防予算は、今後も削減せざるを得ない状況にあり、オバマ政権の2期目の間には、国家予算に占める比率は現在の41%から30%に削減されることは確実視されている。
そうした状況下において、アメリカは軍事的な意味でこれまで担ってきた「世界の警察官」としての役割を、徐々に返上せざるを得なくなってきた。泥沼化したアフガニスタンの状況や、イランの核問題に対しても、かつての超大国アメリカでは想像できなかったような影響力の低下が歴然としている。
軍事的なスーパーパワーとしての力が、陰りを見せ始めた結果、アメリカの世界戦略の要(ピボット)となるのは、「地域的にはアジア、手段的にはソフトパワー」との見方が広がっている。すなわち、アメリカ型の民主主義とか、自由主義経済システムといった目に見えない価値観をアジア地域に広めることで、アメリカの影響力を世界的に維持し、アメリカにとっての雇用や経済的権益を守ろうとする発想である。アメリカ海軍の部隊も60%はアジア太平洋地域に集中させる戦略を打ち出している。
言うまでもなく、世界貿易全体に占めるアジアの重要性は増すばかりである。またアメリカ経済にとっても、アジア地域との交易は大きな意味を持つようになってきた。言い換えれば、世界経済の中心は北米ヨーロッパ地域から、アジア太平洋地域に移動し始めたのである。かつては世界最大の製造拠点であり、消費大国でもあったアメリカが、その地位をアジアに奪われるという現実が明らかとなった。
アメリカもそうした新たな現実を直視した上で、いかにアジアと向き合うかを真剣に考え始めているようだ。インドネシアとハワイで幼少期と青年期を過ごしたオバマ大統領は、歴代の大統領と比べて、アジア太平洋地域に対する皮膚感覚的な理解と親和性を持っているに違いない。2期目の最初の外遊先にアジアを選んだのもうなずける。
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<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ かずゆき)
参議院議員。国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。現在、外務大臣政務官と東日本大震災復興対策本部員を兼任する。
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