アメリカがアジアとの関係強化に、これまで以上に精力的に取り組み始めたもう1つの理由がある。それは、中国の台頭に対していかに備えるか、という戦略的な必要性であろう。近年、中国の経済的発展は目覚ましく、その資金力を背景に、軍事力の増強にも目覚ましいものがある。バブル経済が崩壊の危機に瀕しているとの見方も出ているが、1党独裁体制の強みで、中国はいまだ世界から資金と技術を呼び寄せている。アメリカの金融機関や製造業も例外なく、中国依存度を高めている。
今後最も経済成長が期待されるこのアジア太平洋地域で、中国が圧倒的な存在感を持つようになれば、アメリカにとっては決して楽観視できない事態といえよう。なぜなら中国とアメリカとの関係は、潜在的な経済パートナーであると同時に、場合によっては軍事的なライバルとして火花を散らす可能性を秘めているからだ。中国が進める宇宙空間やサイバー空間を舞台にした破壊実験やテロ行為はアメリカのみならずヨーロッパの国々の間でも大きな懸念材料となっている。
アジアにおける中国の影響力の増大が、地域全体の経済連携の枠組みを強固なものにする限りは、望ましい側面もあるが、圧倒的な力を持つ中国がアジアの中小国を飲み込み、その支配下に置くような事態は日本にとっても、アメリカにとっても、決して望ましいシナリオとは言えない。長い歴史に彩られた中華思想が領土的野心となって周辺国ばかりか世界各地で軋轢をもたらすことは人類全体にとって避けるべき未来である。
このところ、尖閣諸島をはじめ、西沙、南沙諸島をめぐり、中国と近隣諸国との間できな臭い緊張が高まっている。この海域は、アジア太平洋地域にとって、シーレーンの要所となっており、万が一軍事的な衝突に発展するようなことになれば、この地域の経済発展そのものが、根底から破壊されることにもなりかねない。世界貿易の中心となりつつあるため、多くのモノやサービスが中国に結集している。
そうした背景もあり、国内の政治的安定のためにも、経済の成長が欠かせない中国が、近未来において軍事的な暴挙に走る事態は想定しにくい。国内の不平不満を抑えるために、外に敵を造り出す、という中国のこれまでの伝統的な外交軍事戦略が、アメリカの警戒心を高めているのも事実である。オバマ大統領は2009年の就任以来、胡錦涛前国家主席とは13回の首脳会談を重ねてきた。しかし、中国に対する警戒感をぬぐい去ることはできず、習近平主席と新たに向き合わねばならない。
こうした状況を踏まえ、オバマ大統領の国家安全保障補佐官であるトーマス・ドニロン氏は、次のような発言を行なっている。アメリカの今後の対アジア戦略を占う上で、極めて示唆的である。
同補佐官曰く「アメリカはアジア太平洋に位置する国の1つである。アジアの経済的安全保障と政治的安定は、アメリカにとって最重要課題といえる。アメリカが21世紀においても繁栄を続けるためには、アジア地域の繁栄が欠かせない」。
確かに、アジア太平洋地域はアメリカの製品やサービスを25%輸入しており、またこの地域はアメリカに対して30%の製品やサービスを輸出している。いわば、アメリカと相互依存関係にあり、運命共同体といっても過言ではないはずだ。
ドニロン補佐官は続けて、次のようにも語っている。「240万人ものアメリカ人が、アジアへの輸出産業によって雇用されている。この数字は今後も増え続ける傾向にある。言い換えれば、アメリカはアジアとの貿易、投資なくして現在の経済不況から脱出することはできない」。
オバマ大統領が外交通商安全保障の面で最も頼りにしているドニロン氏の見解からは、今後のアメリカの命運がアジアと共にあることが明確に理解できる。そこでアジア太平洋地域とアメリカとの関係を考える上で、最近わが国でも大きな争点となっているTPPの問題を避けて通るわけにはいかないだろう。
TPPとは、「環太平洋パートナーシップ協定」の略称で、協定締結国の間では相互に関税をゼロにしよう、という交渉である。もともとはP4と呼ばれる、シンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、チリの4カ国が進めてきた自由貿易協定に他ならない。アジアとの経済関係強化を模索していたアメリカにとって、このP4の枠組みに加わり、さらに加盟国を増やすことは死活的重要性を持つものとして、オバマ政権の下で、TPP交渉は強力に推進されることになった。
現在、衆議院選挙を控え、日本でもこの枠組みに参加するか否かで、国論を2分するかの如く議論が高まっている。アメリカのTPPに賭ける意気込みはすさまじいものがある。農業分野に止まらず、知的所有権、工業製品の分野をはじめ、教育や医療、金融、通信などあらゆる分野でアメリカ式のビジネスモデルをアジアに拡大しようとする戦略的な意図が込められている。
これまでのTPP交渉では、主としてアメリカが牽引役となってきたが、アジアの経済的大国となりつつある中国や、インド、さらには日本や韓国もこの協定には参加をしていない。そのため、アメリカとすれば、中国をいかに取り込むかが、政治的にも戦略的にも大きな関心事項となっている。
<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ かずゆき)
参議院議員。国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。現在、外務大臣政務官と東日本大震災復興対策本部員を兼任する。
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