<谷野頭取包囲網(41)>
本店に戻った谷野は頭取室に1人籠り、影山局長、小石原理財部長、河本金融課長が話した内容を思い返していると、小林取締役が扉をノックして
「宜しいですか」
と声を掛けてきた。谷野はもう少し一人で考える時間がほしかったが、新幹線のなかでは小林取締役とほとんど話しをしていなかったのを思いだし、
「どうぞ、良いよ」
と言って、自分の机から離れ応接室に誘った。
谷野は、
「新幹線では誰が聞いているかわらないので話ができなかったが、今後どうするかだね」
と言うと、小林は、
「報告書は私が作成しますが、とりあえず本部に居る役員には今日財務局からあった話の概要については、知らせておいた方が良いと思います」
と答えた。
谷野は、
「うん、そうしょうかね。この話し合いを終えた後、集まってもらうおう」
と言い、
「それはそうと栗野会長、北野常務、川中常務の3人の名前が出た時、あっと思ったね。この話が先にあれば、保険勧誘の協力を理由に栗野会長の役員辞任届の受理や、北野、川中両常務の留任を了承しなくて済んだかも知れなかったね。調査の過程で違法な保険勧誘が判明すれば、その時に責任を明確に問い、辞任または退任してもらうことができたのではと思ったりもしてね」
と、残念そうな顔を見せた。
小林は、
「そうはいっても、第五生命の山上外務員の保険勧誘に積極的に協力した役員の名が9名も挙がるとは思ってもみませんでした。東南支店長の沢谷専務は、谷本相談役が頭取になる前の営業本部長時代から積極的に協力しているとの話は聞いていましたが、西京支店長の吉沢常務、東部支店長の松木取締役、本店営業部長の大島取締役、それに昨年6月に谷野頭取が取締役に指名した福岡支店長の原口取締役の名前まで挙がり、余りの数の多さにびっくりしました。
しかも9名の内7名が組合出身の役員ですので、かなり組織的に第五生命の山上外務員の保険勧誘を支援していたと思われます」
と述べた。
谷野が、
「首都圏本部長の古谷取締役の名も出ていたね」
と言うと、小林は、
「詳しいことはわかりませんが、谷本相談役が本店営業部長時代に、古谷取締役の父親が海峡駅長に赴任して来て知り合いとなり、父親が『息子が谷本相談役と同じS大に行っています』と言ったことが縁で、維新銀行に勧誘されたと言われています」
と言うと、谷野は、
「その話は僕も聞いたことがある。同じようにS大卒の川中常務も、父親と谷本相談役が親しかった関係で維新銀行へ入ったと聞いたが、それと同じパターンだね」
と言った時、谷野は新任支店長としてY支店に赴任し親しくなった顧客から言われた言葉を、瞬時に思い出した。
『維新銀行では組合出身者か、S大卒か、それとも人事部出身者でないと出世できないと聞いている』との言葉が脳裡に鮮明に蘇り、谷野の心を突き動かした。
谷野は、
「自分も確かに人事部出身であるが、これを機に谷本と山上によって歪められた維新銀行の人事体制をもう一度立て直そう」
と、覚悟を決めた。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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・「維新銀行 第二部 払暁」~第1章 谷野頭取交代劇への序曲(1)
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