<谷野頭取包囲網(42)>
小林は、
「古谷取締役は小倉支店の課長時代から山上外務員と親しくしていたとは聞いていますが、しかし本格的に懇意になったのは、古谷取締役が新任の扇町支店長の時に、海産物を取り扱っている扇町商事の杉中社長から気に入られて、その杉中社長の紹介で山上外務員の保険をかなり勧誘した時からだと聞いています。そういうことが山上外務員に好印象を与え、そのお陰で谷本相談役から可愛がられるようになったとの噂を聞いたことがあります」
と言うと、谷野は、
「古谷君は実力があるから若くして取締役に登用されたと思っていたが、そんな事情があったとは僕は知らなかった」
と自分の情報不足を認め、谷本の任命した役員の多くが、第五生命の山上と通じていることを改めて実感せざるを得なかった。
谷野は、
「そうすると谷本相談役を核に、組合幹部出身の7名の取締役のグループと、栗野会長と古谷取締役のS大グループの2人が、山上外務員の保険勧誘に積極的に協力していたと考えて良いのだね」
と、自分に言い聞かすように話した。暫く間を置いて、
「今から本部にいる役員を呼んで第五生命の山上外務員の保険勧誘についての話をすることになるが、財務局で名前が出た川中営業本部長にどう説明するかが問題だね。それと組合出身の取締役のうち木下取締役は元委員長だが、財務局では名前が出なかったね」
と、考え込むよう言った。
小林は、
「木下取締役は組合出身でも、親分子分的な体質を嫌う人で、筋を通さないとかえって反発する気質を持っており、第五生命の保険勧誘に協力をするような人ではないと思います。
それに梅原取締役は植木元頭取から煙たがられ、やっと谷本相談役に認められて取締役になった人で、確かに谷本相談役に恩義を感じてはいると思いますし、また栗野会長とも親しい間柄です。しかし梅原取締役は苦労人だけに、間違いは間違いとはっきり言うタイプで、付和雷同するような人物ではないと思います。維新銀行のためになるかどうかを基準に考えて行動しており、山上外務員の保険料ローンの取扱停止を通達するなど毅然とした態度にも表れています」
と言った。
谷野は、
「うん、僕も一緒に仕事してきてその通りと思う。僕と小林取締役、梅原取締役と木下取締役の4名は良いとしても、当事者の川中常務を呼ぶのが良いかどうか迷っていたが、結局声を掛けることにしたが、それで良いね」
と小林の顔を覗き込むようにして訊いてきた。
小林は、
「その方が良いと思います」
と答えると、谷野は、
「5時半から、ここに集まってもらって話をしようと思うので、全員に声を掛けておいて下さい」
と言うと、応接室を離れ自分の机に戻っていった。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
▼関連リンク
・「維新銀行 第二部 払暁」~第1章 谷野頭取交代劇への序曲(1)
※記事へのご意見はこちら