<谷野頭取包囲網(43)>
谷野と小林が中国財務局から呼び出しを受けた2月26日(木)、海峡市は昨日から晴天が続き午前中は暖かい日差しに包まれていたが、2人が戻った夕方には曇り空に変わっていた。日の入りは午後6時を過ぎるようになっていたが、会議を始める5時30分前には薄暮が迫り、6階にある谷野の部屋から高さ153mの海峡タワーの灯りが天空に彩りを添えていた。
応接室の中央に谷野が座り、左側に営業本部長の川中常務、右側に梅原取締役、正面右側の席に小林取締役、左側に木下取締役が座った。
谷野は、
「月末を控え夫々お忙しいところ、緊急に集まって頂くことになりました。ご存じのように今日財務局に行ってきましたが、不祥事件の業務改善命令については、いくつかの改善点を指摘されており、いつ解除されるかまだ見通しが立つような状況ではありません。その指摘事項の詳しい内容については、小林取締役の方から後ほど報告があると思いますので、担当役員は関係する部署に指示して、早急に対処して頂きたいと思います。
今日集まって頂いたのは不祥事件の命令書の改善事項とは別に、新たに自主調査するようにとの申し入れがありました。その調査とは「第五生命の山上保険外務員が維新銀行を舞台に違法な保険勧誘をしている」との投書が財務局にあり、財務局も独自に内偵を進めた結果、看過できないとの判断をしたのか、自主調査をするようにとの指示を受けました。詳しい内容については小林取締役が説明します」
と、きっぱりとした口調で述べた。
小林は、財務局の河本金融課長が話した投書の内容を伝え、保険勧誘に深く関与したと思われる維新銀行の栗野取締役会長を含む9名の役員の名が挙がっていることを伝えた。
この会議に出席しているメンバーのなかで、財務局から名指しされたのは川中常務一人であった。小林取締役が、保険勧誘を疑われている8名の名を挙げ、最後に、
「川中常務は審査担当役員の時に、各支店に第五生命の保険料ローンを積極的に取り組むように指示したと投書に書かれており、関与が疑われているのではないかと思われます」
と、財務局の河本課長が話した言葉より婉曲な表現を使って、川中の名を挙げた。最後に自分の名が出た川中は、「僕が保険料ローンを積極的に取り組むようにとは指示したことはないと思うが。」
と、消え入るような声でぽつりと話すのが精一杯であった。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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・「維新銀行 第二部 払暁」~第1章 谷野頭取交代劇への序曲(1)
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