<谷野頭取包囲網(45)>
本部役員による会議が終わった翌日の朝、川中常務は谷本相談役の部屋を訪れた。谷本は川中が朝一番に顔を覗けたのを見て、
「何かあったのかな」
と直感した。応接室に座ると川中が、
「昨日、頭取と小林取締役が財務局に呼び出しを受けましたが、2人が帰ってくると本部詰めの役員全員に、緊急会議をするので5時半に頭取室に集まるよう連絡を受けました。不祥事件の業務改善命令が解除されたとの報告かと思ったのですが、そうではなくて新たに「自主調査」を命じられたそうです。その自主調査とは『第五生命保険相互保険契約に関する調査』となっていますが、要は山上さんの保険勧誘を維新銀行が組織的に支援しているとの投書に基づき、中国財務局が調査を求めたとのことです。財務局は内偵した結果に基づいて、『谷本元頭取の指示のもとに、私を含め組合出身の役員7名と、栗野会長、古谷取締役の2名の計9名を、保険勧誘に積極的に協力した人物』として名前を挙げたそうです。
小林取締役の話からすると、調査結果次第によって財務局は、『違法行為が認められた場合は、維新銀行のみならず、保険勧誘に深く関与した協力者に対して保険業法違反を問う』と説明したそうです。そのため調査の対象を全行員とし、匿名は不可としています。
また調査期間は3月15日(月)から4月9日(金)までとしています。その理由として(1)全行員を対象としている。(2)期末決算を控えている。(3)休暇者や出張者への対応。(4)必要に応じて当時の所属店へ個別照会し、当該店の協力を求める。などを考慮して期間を長くしたと言っていますが、谷野頭取の話し振りでは、実際は少しでも多く申告させようとの意図が見えました」
と、昨日の会議の内容について説明した。
それを聞いた谷本は、
「僕が頭取の時に言ってきたのならわかるが、こちらが相談役に退いてから、そんな調査を言ってくるとは失礼千万だね。財務局側か、維新銀行の内部からなのか誰かはわからないが、僕を追い落そうとする『意識的な悪意』が感じられるが、川中常務の感触はどうだった」
と、やや興奮気味に訊ねた。
川中は、
「私もそう感じています。財務局への最終報告期限は一応6月末となっていますが、谷野頭取は1カ月以上も早い5月中旬迄に報告を上げるようなことを言っていました」
と答えた。
谷本は、
「そうなると谷野君に早く引導を渡さないと、調査結果次第では大変なことになる可能性があるね。早く知らせてくれて感謝するよ。今聞いた話は早速僕の方から沢谷専務に連絡することにして、今後の対応については沢谷君からみんなに連絡させるようにしよう」
と、憤懣やるかたない顔をして自分のデスクに戻っていった。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
▼関連リンク
・「維新銀行 第二部 払暁」~第1章 谷野頭取交代劇への序曲(1)
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