<谷野頭取包囲網(46)>
谷本はすぐに東南支店長の沢谷に電話を入れ、先程川中常務から聞いた内容を説明した。
そして、
「どうも維新銀行の内部と財務局側とが通じて、僕の追い落としを画策しているようにしか思えないんだ。アンケート調査でどのくらいの数の行員が記入してくるのか、名前の挙がった役員9名が、どの程度関与したかは回答書が返って来ないとわからないと 思う。
財務局側も3月は決算月でもあり、それを考慮して報告期限を6月末としたらしい。ただ財務局が、『多くの行員がアンケートに記入していれば、関与した役員の責任を問う』と言ったことで、谷野君は3月15日からの実施を決め、5月中旬までに報告を上げようとしている。どうもその狙いは、5月21日に予定されている特別決算取締役会議を睨んで、関与した疑いが強い役員にその責任を負わせ、退任を迫る考えのようだ。もしそんなことを許せば、谷野君の罷免どころではなくなってくる。
そこで沢谷専務、君に動いてもらいたいことがある。まず一つは、福岡支店長の原口取締役に『TK計画』に参加するように説得してくれないか。事ここに至ったら、確実に谷野君を退任に追い込まないと大変なことになる」
と言うと、沢谷は、
「相談役のおっしゃる通りにします。谷野頭取のペースでやらせることはないです。他に何かやることはないですか」
と聞いた。
谷本は、
「アンケートの記入についてだが、財務局は関与した役員を把握している様だから、全然関係なしとは書けないだろうが、『紹介はしたが決して同伴して勧誘はしていない』とかの逃げを打つようにと、名前の挙がった役員に徹底しておいてくれないか。
いずれにしても5月中旬までに報告を出させないことが先決だ。そのために5月に入ったらすぐ、谷野君に『赤字決算をして業績を回復させたのを花道に退任したらどうか』と説得してくれないか。『丁度栗野会長も退任するので、お互いに一期2年で潔く退任して、後進に道を譲ると言えば世間も納得します』と言って、退任を迫ってもらいたい。
その際、君一人で乗り込んでも相手は納得しないだろうから、吉沢常務、北野常務、川中常務の4人で、『今日は役付役員4名だけだが、他に多くの役員の賛同を得ている。過半数以上の役員が、もうあなたの改革にはついていけないと言っており、任期満了を機に退任して欲しい』と、あくまでも任期満了での退任を迫ってもらいたい。それでも退任を受けないなら、『取締役会議で頭取罷免の動議を出す用意がある』と脅してみてくれないか」
と言った。
沢谷は、
「そうすると5月7日が定例の取締役会議ですからそれが終わった後に、4人で谷野頭取に退任を迫ることで宜しいですか」
と尋ねると、谷本は、あたかも谷野を吉良上野介と見立てるように、
「忠臣蔵の討ち入りではないが、まさにその日が谷野君の首級を上げる日だね」
と、自信に満ちた声を返してきた。
赤穂浪士は元禄15年12月14日に吉良邸への討ち入りを果たしましたが、偶然にもその日に「維新銀行 第二部 払暁」を終了することになりました。長い間ご愛読頂き有難うございました。
ひとまずお休みを頂いて、2週間後の12月29日(土)より、守旧派が繰り広げる谷野頭取罷免劇を描いた「維新銀行 第3部 クーデター」を連載する予定にしております。今後の展開にご期待下さい。
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※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
▼関連リンク
・「維新銀行 第二部 払暁」~第1章 谷野頭取交代劇への序曲(1)
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