「ハッピー安心ネット」はいろいろな要素を含んだシステムである。このシステムを稼働させたことで、波及効果が期待できる。まず見ず知らずの人との間で、新しい「結・絆」を作り上げることができた。これを核として「孤独死回避」だけではなく、高齢者に必要な「生活情報の提供と交換」、「遊び仲間の獲得」なども可能になった。
悪徳業者による強引な訪問販売にも、連絡を受けた仲間が急行し、間に入ることで撃退するという副産物をも生んだ。高齢者をターゲットにする悪徳商法には有効かつ迅速な対応が可能になった。仲間全員でひとりを見守るのである。見守られた人も仲間を見守ることになるのだから、負担感が少なくてすむ。「one for thme 、them for one」(一人はみんなのために みんなは一人のために)の精神である。
この「ハッピー安心ネット」に「安心カード」が加われば鬼に金棒となるのだが、これが意外に難しい。「安心カード」とは本人の名前、住所、電話番号をはじめ、持病名、掛かりつけの病院、担当医師、薬の名前、連絡する人の一覧と連絡先(住所、電話番号など)が書かれた用紙(カード)である。これをチームの責任者が保管。緊急時に開封して対応する。しかし、あくまでも個人情報が記載された重要書類である。預かる責任者も預ける仲間も躊躇する。もし、開封され、病名などが漏れた場合の対応に自信を持てないからだ。
この「安心カード」を筒状の容器に入れ、冷蔵庫の扉ポケットに立てておく。緊急時、救急隊員が冷蔵庫にある「安心カード」を見て、ピンポイントに医療機関に搬送するというシステムが流行だ。これは東京都港区が実施したものの、期待したほどには広がりがなかった。ところが北海道小樽市の民生委員が役所(消防署)を口説き、自治会、町内会が賛同したことで一気に火が付き、全国的に広がりを見せた。これに第5回で紹介した「電話による見守り」が加わればこれこそ最強のシステムが完成する。セーフティネットはいく重にも完備されるべきだ。
民生委員や高齢者見守り委員という行政側の見守り実行部隊はいる。しかし、年に1度の自宅訪問というケースが珍しくない。これでは迅速性、有効性に問題がある。もはや行政主導だけの見守りには限界が見えているにもかかわらず、多くの自治体では依然として根本的な見直しをする気配がない。
以前紹介した東京都中野区の「地域支えあい推進条例」のように、住民(自治会、町内会、管理組合など)に個人情報を提供(違反事例には罰則もある)して、地域住民の力で見守るというのがトレンドになってきている。行政として金も場所も人材も提供する。仕事量が増え、人数的にも不足がちな行政の力量には限界がある。それを自覚して足りない分を地域住民の知恵と実行力に任せる時代が来ていると思う。行政としての矜持もあるだろうが、そこは時代の流れを敏感に察知して、真摯に「民間委譲」を考えるべきだろう。
話を主宰する「幸福亭」の「ハッピー安心ネット」に戻す。現在、16人の賛同者を2つのユニットにわけ、それぞれに責任者(チーフ)を置いて実施している。まだ利用者はないが(いないほうがいいに決まっている)、これをスタートさせたことで参加者の間に確実に親近感が生まれたと感じている。「仲間に見守られていると思うだけで、安心する」という参加者もいる。狙いは確実に形になりつつあると自負する次第。
11月末、東京都足立区大谷田にできた「ころつえシニア相談所」を視察取材してきた。詳細は次号で報告するが、最近、足立区の行政マンに高いモチベーションを感じるのは私だけではないだろう。空き家撤去にも、撤去費用の半額(次年度より全額)を負担する条例がある。古い木造住宅が密集する足立区では災害時、建物の被害だけではなく人的な被害も都内トップクラスだ。
個人財産ゆえに税金投入には異論もある。しかし、昨年の大震災を見るまでもなく、待ったなしの状況を打破するには首長の強いリーダーシップと迅速性が求められている。さらに、中野区の「地域支えあい推進条例」を実施するという話も聞く。「高齢者を見守る」というひとつを取り上げても、自治体によって温度差がこれほどまでにあることに驚きを禁じ得ない。
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。
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