小林取締役は、
「財務局から調査を命じられた時は、どれだけ回答があるのか皆目見当がつきませんでしたが、いざ蓋を開けてみると304件も回答が寄せられました。こんなに件数が多いとは想像はしていませんでした」
と溜息混じりに話した。
それを受けて谷野は、
「平成元年以降が調査対象となっているが、確かその年の6月までの2年間、谷本相談役は専務取締役営業本部長だったと思う。15年前に遡って調査を求めたのは、その頃も保険勧誘をしていたと言うことになるね」
と言うと、小林は、
「財務局の河本金融課長が言っていましたね。投書が以前から来ていたとはその頃を指すのでしょう。そして『谷本頭取が就任して2年後から急に投書が増えた』と言っていましたから、財務局はかなり前から山上外務員の保険勧誘をマークしていたことがわかりますね」と言った。
それを聞いた谷野は、
「こんなことが維新銀行内部で公然と行なわれていたなんて、僕は信じられない。金融腐蝕列島ではないが保険腐蝕銀行そのものだね。谷本頭取と第五生命の山上女史とは一体どういう関係なんだろうね」
と、吐き捨てるように言った。
小林は、
「それと財務局で名前の挙がった9名のうち会長は回答を寄せていませんが、残りの8名の回答を見ると一律に、『紹介したことはあるが同伴はしていない。契約はあくまでも顧客の判断に任せており、こちらから圧力をかけたことはない』と、口裏を合わせて、責任を回避するような書き方でした。
しかし自らが成約した者の中には、名前の挙がった9名の役員から協力を強く求められたと書かれていましたし、他の行員が関わったとする事例108件の中にも、9名の名前が出ていましたので、かなり組織的に保険成約を強要していた実態が読み取れます」と、分析した内容を説明した。
谷野は、
「第五生命を含めて保険料ローンの取り扱いは、昨年梅原取締役を通じて中止するように指示したが、その後の件数と残高はどうなっているのかね」
と訊いた。
小林は、
「梅原取締役が提出した昨年1月における保険料ローン取扱件数は298件、そのうち第五生命が212件で、構成比は71%、残高は78億円です。うち第五生命は57億円、第五生命の構成比は73%で、件数および金額とも第五生命が断トツでした。今は保険料ローンの取り扱い中止や解約により残高が減少していますが、今年3月末現在の取扱件数245件、そのうち第五生命が169件で、構成比は69%とやや減少しました。また残高も取扱を中止により69億円に減少し、第五生命の残高は51億円で、この1年で約6億円減少しました。しかしまだ第五生命の残高は他社と比べて突出しています」
と結び、自分のデスクに戻って行った。
この時谷野は、「第五生命保険に関する調査」の概要を、明日の経営会議と定例取締役会議で報告しようかどうか迷ったが、関与している取締役が多いため、正式な調査結果の報告書が出来上がるまで待つことを決めた。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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