この本をプロのベースギタリストである若い友人に紹介された。推薦と書かないのは、音楽のプロと筆者の読後感が必ずしも同じとは思えないからだが、今年の新入社員や若手社会人には、ぜひ読んで欲しい一冊である。反発もあるだろうが、それはそれで、将来の大きな"気づき"や"肥やし"になるからだ。
著者村上隆氏は、東京芸大大学院美術研究科博士課程を修了したアーティストである。TIME誌の「世界で最も影響力のある100人」(2008年)、英国のアート誌では、「世界のアート業界をリードする100人」に9年連続して選ばれる等数多くの受賞歴がある。
著者は言う「日本には、ぼくを嫌う人が多い。日本人的な感覚ではいかにも嫌われるような方法論で仕事をしているからです」と。その著者が、「現代美術」の世界では、唯一、世界的に評価を受けている。日本人的な感覚とは何か、考えさせられる事実だ。
この本を読んで、筆者は全く違和感を覚えない。これは中小企業経営者(大企業も勿論であるのだが・・・)が新入社員や若手社員に対して、困難でも指導、説明していくべき内容である。
芸術には「大衆芸術」と「純粋芸術」があり「現代美術」は純粋芸術に属する。純粋芸術はヒエラルキーの上位に位置するように思えるが、それはとんでもない誤解であると断言する。大衆芸術には、アイドルや芸人にありがちな流行り廃りがあり、一年や二年で誰にも見向きもされなくなることが多いという。わかりやすく言えば、"大金持ち"の顧客の気持ち次第なのだという。「現代美術」は西洋で誕生し、そのルールが形成されたジャンルである。欧米の芸術の世界の"不文律"の中でいかに勝負できるかが肝心なのだ。その点で大衆芸術とは一線を画す。見た目がきれいより、観念や概念と言った文脈の部分が問われる。純粋芸術における成功とは歴史に残る作品を創り上げること、すなわち「死んでからが勝負」なのだ。
村上隆氏は、アート業界20年のうち、16年間は組織の運営((有)カイカイキキ代表)に携わっている。以下、著者一流の企業経営や社員教育に役に立ついくつかの文言を紹介する。
・社員教育の基本は個人個人のメンタルエリアまで深く踏み込んでいくことである。
・アーティストにとって、デッサン力やセンスより「執念」や「戦略」が重要である。
・上の人間に敬意を払い、社内のルールに従い、要求されたことをこなすのは基本である。
・強く怒る時に物品を壊すのは、注意や説教の代わりに、事態がただならない事を肌で感じてもらうためだ。
・挨拶やラジオ体操を励行、「仁・義・礼」を大切にし、ミーイズムを禁じている。
・「寝るな」と言うのは、ギリギリのところまで行って見えてくるものもあるからだ。
・世間や顧客に対してご機嫌取りをするのは芸術家の常識。大衆芸術でも、レディ・ガガ等世界に通用する一流アーティストは皆知っている。
最終章に、傍から見ると企業経営、社員教育のやり方が全く対極と思える自由放任主義のドワンゴの川上量生会長と若者との対談が載っている。どちらが良い悪いとの観点ではなく、比較していくと面白いものであることを付記しておきたい。
<プロフィール>
三好 老師 (みよしろうし)
ジャーナリスト、コラムニスト。専門は、社会人教育、学校教育問題。日中文化にも造詣が深く、在日中国人のキャリア事情に精通。日中の新聞、雑誌に執筆、講演、座談会などマルチに活動中。
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