谷野頭取から営業本部長としての資質と責任感を問われた川中の顔からは、いつものにこやかな表情は消え、何かに取り憑かれたかのように、
「谷野頭取。私は営業本部長としてあなたと一緒に仕事をしてきましたが、あまりにも独善的で付いていけなくなりました。私だけでなくここにいる役員全員も同じ思いですから、あなたがこのまま頭取を続けるのはとても無理だと思います。あなた自身は一生懸命やっているつもりでしょうが、誰も付いてくる者がいなければ裸の王様同然です。あなたが今この場で勇退の道を選べば丸く収まります。もし我々の申し出を受けずに頭取を罷免される事態になれば、先々維新銀行への出入りも出来なくなるばかりか、あなたやあなたの家族は肩身の狭い思いを抱き続けて、一生海峡市に住むことになりますよ。
おわかりとは思いますが頭取を罷免されると反逆者のレッテルを貼られ、子々孫々まで累がおよび、先祖の墓を汚すことになりますよ。そうならないために自ら決断して今期限りで勇退の道を選択すれば、あなたの名誉を保つこともできますし谷野家の家名も安泰です」
と、暴言を吐いた。
川中の思いもよらぬ発言に大きな衝撃を受けて谷野は暫く呆然していたが、やがて気を取り直し、
「川中常務、私が勇退しなければ、『家族が肩身の狭い思いをする』とか、『子々孫々まで累がおよぶ』などの言葉を、常務の口から聞くとは思いもしませんでした。営業本部長で中枢の要職にいる川中常務が、この様な発言をするのはあなたの意思ではなく、誰かの指示を受けて言ったのではないですか。私は本当に大きなショックを受けました」
と、返すのが精一杯であった。
谷野に退任を説得していた沢谷、中沢、北野も、予期せぬ川中の感情剥き出しの言葉に唖然とし、誰も暫く何も言うことが出来なかった。
その凍てついた沈黙を解きほぐすように沢谷が、
「先程の川中常務の話は、谷野頭取と維新銀行の双方のために良かれと、思い余っての発言とご理解下さい。今日こうして我々4人が揃って谷野頭取に面談を求めたのは、それ相応の覚悟があってのことですし、勝算がなければこんなことは申し上げに来ません。その辺をもう一度冷静にご判断頂いて、任期満了に伴う自発的な退任を選択して頂けないでしょうか。そうすれば何ごとも円満に解決します。要は谷野頭取のご決断次第です」
と哀願するように手を合わせた。
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