沢谷専務は谷野に、
「『第五生命のアンケート調査』で私達4人も、山上さんの保険勧誘に深く関わっていると言われましたが、それがどうして問題になるのですか。保険会社のなかで第五生命は当行の大株主であると同時に、期末預金の協力や新規開業する医者の融資紹介をしてくれたり、優良先の保険料ローンを持ち込んでくれたりしていますし、他の保険会社に比べて、非常に協力してくれています。我々は山上さんの保険勧誘に協力していますが、保険の成約についてはあくまでも企業の自主的な判断に任せています。たとえ保険が成約しなくても融資はしないとかの圧力をかけたりしたことはありません。谷野頭取は、あたかも第五生命の保険勧誘に協力するのは全て悪だと言っているように聞こえますが、お互いに民間企業同士でありメリットがあれば協力してもおかしくないと思います」
と開き直るように、維新銀行と第五生命との協力関係に何ら問題はないことを協調した。
黙って聞いていた谷野は、
「それは沢谷専務の個人的な見解ではないですか。中国財務局は山上外務員の保険勧誘に維新銀行が深く関与しているとの認識を持ったため、『第五生命のアンケート調査』を求めたものであり、調査結果の内容を見た私の見解では、違法な保険勧誘が行なわれていたと思っています。まだ報告書が出来上がっていないので、どのように財務局へ報告するかは決めていませんが、大株主である第五生命にはそれなりの配慮はするつもりです」
と述べた。
沢谷は、
「谷野頭取、『第五生命のアンケート調査』は、維新銀行の信用に深く関わるものであり慎重な対応が必要ですし、当行の大株主でもある第五生命に決して迷惑をかけないようにすることも大切です。そうであれば当局への報告期限は6月30日迄となっており、今拙速に報告することはなく取締役会議で十分議論を尽くした上で、提出するようにした方が良いと思います」
と谷野を牽制し、早急な提出をしないよう釘を刺した。
谷野は、
「先程から私に対して自発的な退任を求める話しが再三出ていますが、私は自分の経営について、いささかも後ろめたい気持ちは持っていません。誰だったか覚えていませんが、私がとうしても自発的退任をしない場合、取締役会議で頭取罷免の決議を考えていると言われましたが、いくらあなた達から退任を迫られても、自ら身を引くつもりは一切ありません。何度言われても堂々巡りするばかりですから、もうここらへんでお引き取り下さい」
と席を立ったため、2時間以上に及ぶ守旧派4人による谷野頭取への説得工作は失敗に終わった。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
※記事へのご意見はこちら