<伝家の宝刀である"薬"を使わず治療する!>
――予防医学はとても広い概念です。先生が臨床医時代と栄養学科に移られてから考えた予防医学に大きな違いはありますか。
田川 大きく違う点は、栄養学では、薬を使わないで病気を治すことだと思います。私は、臨床医時代は、内科医ですので薬を使って治すことが基本でした。薬を飲むだけで治れば、非常に良い事です。しかし、栄養学では、内科医の伝家の宝刀である薬を使わずにいかに治すかが重要です。
食事が、薬の代用になるポテンシャルがあります。まさに「医食同源」です。食事に薬と同等な効果があれば、わざわざ病院に行って薬を飲む必要がないのです。日本食にはそのポテンシャルがあります。現在、いかに食事だけで、医師も病院も必要とせずに、病気にならずに、健康維持・促進ができるかを研究しています。
一方、医師の立場で、予防医学とは、私の専門分野(循環器内科)で言えば、心筋梗塞を予防することを言います。コレステロールを下げるスタチンという薬があります。これを飲むと心筋梗塞になる可能性が約3割減少します。
――それは多くの国民が考える「予防医学」の概念とは少し違いますね。もう少し詳しくご説明頂けますか。
田川 コレステロールが高い方に、スタチン服用の有無で、5年程度の経過をみて、比較した研究が複数あります。スタチンを服用しない人と比べ、スタチンを服用している人では、心筋梗塞になる人が約3割減少します。つまり、心筋梗塞になる患者が10人いたとすると、3人が心筋梗塞にならずに済むわけです。医師の立場では、このことを予防医学と言うのです。
医師は最終的に、患者が死なないこと、心筋梗塞、脳卒中などの大病にならないこと、死の直前まで健康でいられることを一番に考えます。たとえば、コレステロールが高くても、血圧が高くても、糖尿病であっても、日常生活に必ずしも支障をきたすとは限りません。
ところが、「心血管イベント(事故)」(心筋梗塞、脳卒中等)になれば、死に到ることもあるますし、治療できたとしても後遺症が残ります。健常者と同じ日常生活は送れない、制限を受けることになるのです。
例えば、JELISという大規模臨床試験があります。この研究は栄養学とも関連があります。エイコサペンタエン酸(EPA)を飲んでいる人と飲んでいない人で、心筋梗塞や脳卒中の発症率が変わるかどうかを調べた大規模臨床試験です。
コレステロールが高い人を対象に、プラバスタチンだけを飲んでいる人と、プラバスタチンに加えてEPA(薬:エパデール)を飲んでいる人で、心血管イベントの発症率を比較しています。後者の場合はスタチンの効果に加えてさらに2割、心血管イベントの発症率を下げることが分かりました。このように明らかに心血管イベントの発症率が下がるという証拠<エビデンス>を、医師は一番重要視します。これを予防したと言うのです。
EPAは健康食品からも摂取できますし、青魚等の食事そのものからも摂取可能です。薬で良いと証明されたのであれば、サプリメント(健康食品)でもいいのではないか、さらに食事から摂取するのが一番良いのではないかという事になります。日常の食生活で摂取できれば、追加でサプリや薬を飲む必要がなくなります。医師側でなく、国民サイドに立って、考えているのが、栄養学の立場かも知れません。私は、医師と栄養学の両方の立場で総合的に考えるようにしています。
栄養学の世界、サプリメント(健康食品)の世界、広く国民も含めて、薬を使わずに、今の例で言えば、心筋梗塞を発症する前の段階の高コレステロール血症や高血圧を予防することを「予防医学」と認識していると思います。その点で少し違いがあります。
<プロフィール>
田川 辰也氏
1989年九州大学医学部卒業、九州大学医学部循環器内科に入局、日本学術振興会特別研究員としてシドニー大学に留学(1997年7月~1999年12月)、北九州市立医療センター循環器科部長を経て2002年琉球大学医学部医学科臨床薬理講座助教授。2006年西南女学院大学保健福祉学部栄養学科教授に就任、現在に至る。
日本循環器学会認定循環器専門医、日本高血圧学会認定高血圧専門医(特別正会員、評議員)他所属学会多数。2000年第5回ファイザー循環器病研究助成「自律神経と高血圧」(優秀賞)、2004年第9回ファイザー循環器病研究助成「自律神経と高血圧」奨励賞他受賞多数。
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