千葉県松戸市に「すぐやる課」という部署がある。昭和44(1969)年10月に誕生した。「すぐやらなければならないもので、すぐやり得るものは、すぐにやります」というのがコンセプトだ。今もあり、人気部署である。でも、役所というところは「話を聞かない」「動きが鈍い」「無責任」「仕事をしない」と、必ずしも芳しい評判を耳にしないことのほうが多い。その一方で面倒な仕事もなんのその、進んで火中の栗を拾い、問題解決にまい進する行政マンもいるのである。熱いのである。
昨年(2012年)11月末、東京都足立区大谷田1丁目団地内に設けられた「ころつえシニア相談所」を取材した。「ころつえ」とは「転ばぬ先の杖」の略称。高齢者のよろず相談所的な役割を担った施設だ。厚労省のモデル支援事業に足立区が手を挙げ、平成23(11)年1月にスタートした。ちょうど丸2年になる。この「手を挙げる」という行為が重要なのである。
「手上げ方式」というのは文字通り、希望する自治体が国や県の支援事業に手を挙げ、その資金をもとに関係部署が事業を立ち上げ、継続させるというもの。たとえば厚労省が3年前に設けた「地域支え合い体制づくり事業」には200億円(介護基盤緊急整備等臨時特別基金を積み増し)が用意された。支援事業の中身は、「自治体、住民組織、NPO、福祉サービス事業者等との協働(新しい公共)により、見守り活動チーム等の人材育成、地域資源を活用したネットワークの整備、先進的・パイロット的事業の立ち上げ支援など、日常的な支え合い活動の体制づくりの立ち上げに対するモデル的な助成を行う」とある。
この事業に対し、約60カ所の自治体が手を挙げたといわれている。平成の大合併で自治体の数は減ったものの、それでも全国には約1,700あるといわれる。そのなかの60だから、全国の自治体のわずか3パーセントにすぎない。そのなかのひとつに(第6回「孤独死問題」で紹介した)千葉県松戸市(常盤平団地自治会)がある。年間900万円の助成を受けた。
また内閣府は「地域社会雇用創造事業」(「明日の安心と成長のための緊急経済対策」の一環で、地域社会における事業と雇用を加速的に創造することを目的に、補助を受けた12の事業実施団体が実施している事業)として平成22(10)年3月交付が決定された。同年8月に東京都三鷹市の「三鷹iPad研究会」に助成金(金額不明)が下りた。それを元手に事業を立ち上げ、講師を育成した。つまり新しい雇用の促進に寄与したことになる。これを皮切りに市内に「iPad教室」を設け、年間3,000人の受講生を目標に活動を続けている。
自治体が手を挙げるということは、抱えている仕事の範囲を広げるという意味を持つ。関係部署の人数は限られているから、仕事量が増える。新しい分野なので調査・学習という労苦が派生する。「縦割りを順守し、余計な仕事をはじめない」とする公務員の本音を根本から覆すことになる。
さらに、支援は2年から3年で終わるのが常である。支援が受けられないからその事業を打ち切るというわけにはいかない。事業の継続は新規の資金の捻出と仕事量の増加に対応すべき人的確保という新しい問題が加わる。大半の自治体が手を上げない裏にはこうした事情があるからだ。こうした状況下でも足立区は手を挙げたのである。「ころつえ」も3年目に入ったこの1月からは足立区の持ち出しとなる。もちろん先刻承知である。
さて、「ころつえシニア相談所」には相談員がひとり常駐する。梅澤京子さんは保健師である。保健師だから相談に訪れた高齢者に病気が疑われた場合、即医療機関を紹介することが可能なのである。取材した当日にも、顔なじみが扉を開けて笑顔を振りまいた。
「最初は物珍しさで、外からなかを覗き込むだけでした。でも、ひとりがなかに入り、相談すると、口コミで広がっていきました」と、梅澤指導員。とにかくひたすら聞き役に回る。この「ひたすら」というのが難問なのである。人は他人と話をするとき、話の途中で口をさしはさみたくなる。それを我慢してひたすら聞くのである。
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。
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