谷野は自分の退任を後ろで操っているのが谷本相談役であり、その指示に従う中心メンバーは栗野会長と、先程退任を迫って来た沢谷、吉沢、北野、川中の5人であることは間違いないと確信した。
5人以外に同調する役員は他に誰がいるのかをじっと考えてみた。先程谷野に退任を迫った4人は全員組合出身役員であり、彼らが結束して動いているのがわかった。そのため組合出身の取締役の名前をメモに殴り書きしていくと、松木取締役、大島取締役、木下取締役、原口取締役の4人の名が新たに加わった。原口取締役以外はいずれも谷本が頭取時代に指名した取締役であった。
谷野は沢谷が『勝算がなければこんなことは言わない』と言った根拠を確かめるために、残りの役員1人ずつの分析を始めた。まず松木取締役については、谷本相談役の娘婿の弟であり、谷本の指示に従うだろうと×をつけた。次の大島取締役も組合出身役員達と頻繁に会合していると聞いていたので、これも×をつけた。次いで木下取締役について考えてみた。木下は組合出身であっても正義感が強く、また本部役員として谷野とは飲食を共にするなど気心が通じていることから、組合出身者の中で、まず1人こちらに付いてくると思い○をつけた。
次に谷野が望みを持っていたのは昨年自分が取締役に指名した原口取締役であった。「恩義を感じているのであれば○、悪くて△ではないか」と思ってはみたが、「谷本相談役を中心に用意周到に計画されたものであれば、恐らく組合出身の役員を通じて手を回しているに違いない」と思い直し×をつけた。
谷野が予想した通りに、3月初旬谷本の指示を受けた沢谷専務が密かに福岡まで出向き、原口取締役の説得工作をして仲間に引き入れることに成功していた。
最後は古谷取締役であった。古谷は組合出身ではないが、谷本に勧められて維新銀行に入行し取締役に指名された経緯もあり、しかも谷本と同窓のS大学で、かつ第五生命の山上外務員と親しい関係から100%谷本に従うだろうと思い×をつけた。谷野が×の数を確認すると9つとなり、たとえ1名が棄権もしくは反対しても、取締役15名の過半数を押さえていることが分かった。
反対に自分を支持してくれるメンバーを数えてみると、石野専務、梅原取締役、木下取締役、小林取締役の4名と、常盤支店長の堀部取締役、それに自分を加えても6名しかいなかった。
もし黒白をつける事態になれば、自分を支持してくれる人達を負け戦に引き込み迷惑をかけることになる。しかし、そうは言っても退任を迫る正義なき彼らの要求に、唯々諾々と屈するわけにはいかないと思うと、谷野の心は千々に乱れ2つの大きな葛藤の渦に巻き込まれていった。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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