さて、では最近の海外における日本企業襲撃事件を例に、海外進出企業のセキュリティーコストについて検証してみよう。
<フィリピンの武装勢力に襲われた住友金属鉱山の場合>
フィリピン南部ミンダナオ島北スリガオ州で11年10月3日、住友金属鉱山が建設中の精錬工場に隣接するタガニート・ニッケル鉱山が武装勢力に襲われた。
当時の報道によると、襲ったのは共産ゲリラ新人民軍(NPA)。国軍や警察官の制服を着て武装した約200人のゲリラが、トラックに分乗して鉱山を襲撃。フィリピン人の警備員3人を殺害、建設機械やトラックなどに火を放ち逃走した。
精錬工場の建設現場には、住友金属鉱山の社員4人のほか、日本のプラント会社の社員など日本人61人いたが、全員無事だった。襲撃した共産ゲリラは、日本人を含む全従業員を1カ所に集め、採掘を止めるように求めたという。
住友金属鉱山がフィリピンで進めているのは「タガニート・ニッケルプロジェクト」。建設中の工場は隣接のニッケル鉱山で採掘した鉱石を精錬し、日本に輸出する計画で、13年の操業を目指していた。設備が破壊され、中間原料の工場建設も中断した。
同社は12年11月20日、同プロジェクトの投資額を見直した結果を発表した。投資額は当初の13億ドル(約1,040億円=1ドル80円で換算)から15億9,000万ドル(約1,272億円)に増加した。武装ゲリラの襲撃により破損した施設の補修や、従業員や建設作業員の安全対策の追加費用。建設工事内容の仕様の変更、為替差損が生じたことも加わり、投資額は2億9,000万ドル(約232億円)増えた。
事件後、警備員を大幅に増加。社員の移動にも警備員を同行させるなどの措置を講じたことから、セキュリティーの追加費用は10億円強にのぼった。カントリーリスクが高まるにつれて、海外に進出した企業のセキュリティー費用はうなぎのぼりだ。
<アルジェリアで高速道路を手がけるゼネコンの場合>
日揮の社員が襲撃されたアルジェリアでは、鹿島など日本のゼネコンが高速道路の建設を手掛けているが、日本の企業の海外案件で最もリスクの高いプロジェクトといわれている。
鹿島、大成建設、西松建設、ハザマ、伊藤忠商事の5社でつくる共同企業体(JV)が06年に高速道路建設工事を約5,400億円で受注。10年2月に完成予定だったが、現場は地質が悪い上に、テロ対策により爆薬の利用が制限されるなど安全確保に手間取ったことから、工事の進捗率は7割にとどまっている。アルジェリア政府との工期の遅れによる追加負担をめぐる交渉は暗礁に乗り上げ、交渉役である鹿島は、JV各社にこの工事で総額800億円超の損失が発生する見通しであることを伝えたと報じられている。
現地には200人弱の日本人が複数の居住施設に分かれて生活しており、各施設は銃で武装した警備員が警戒。工事現場にバスで移動する際には、武装警備員3人が同乗する決まりになっているという。
<最重視事項の警護・警備に民間軍事会社の出番>
このふたつの例を見てもらえるとわかるように、治安が悪い地域で活動する日本企業が最優先しているのはセキュリティー対策だ。社員に防弾チョッキの着用を義務付け、防弾ガラスを備えた車で警備会社の護衛と共に行動することが、マニュアルに定められている。
企業の治安対策の強化策として注目を集めているのが「PMC」と呼ばれる民間軍事会社である。米国によるイラクへの軍事作戦の際に、米軍支援のためにイラクで警護にあたったことから、"戦争請負人"としてマスコミに取り上げられ、日本でも知られるようになった。
彼らは自動小銃で重武装し、防弾ベストを着込んでいるが、軍服は着ていない。要人の警護や施設の警備をビジネスとして請け負っている。イラク戦争当時、民間軍事会社が、企業から得る日当は日本円で11万円。そのうち警備に当る社員(ほとんどが特殊部隊出身の軍人)に渡る日当が7万円、残る4万円が会社の取り分とされる。
民間軍事会社にとって、海外に進出する日本企業は黄金の卵を産むガチョウだろう。危険と隣り合わせの警護・警備に要する費用は決して安くない。莫大なセキュリティーコストを引き当てる時代がやってきたのである。
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