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「維新銀行 第三部 クーデター」~第1章 クーデター前夜(20)
経済小説
2013年1月30日 07:00

 レストラン「花瀬」での食事を終えた沢谷、吉沢、北野、川中の4人は、予約していた大和タクシーに乗り、篠突く雨のなかを谷野の自宅に向かった。約束の午後1時より少し前に到着したが、玄関口で出迎えていた谷野に案内されて応接室に入った。

 谷野は沢谷から4人で来るとは知らされていなかったので、
「この大雨のなか、わざわざ大勢でお越しいただきご苦労様です」
 と、やや皮肉を込めながら挨拶をした。
 すると沢谷は員数を谷野に告げなかったことを思いだして、
「事が事だけにホテルなどを利用すると怪しまれることも予想されますし、また銀行の応接室を使うと休日出勤の行員の目に止まることもあろうかと思い、ご自宅にこうして大人数で押し掛けて来まして誠に申し訳ありません」
 と、済まなさそうに弁解した。

 お互い挨拶もそこそこに話し合いが始まった。
 沢谷たちは事前の打ち合わせ通り、順々に谷本相談役の言葉を引用しながら谷野に退任を迫ったが、そのいずれの言葉も説得力に欠け、谷野を納得させることは出来なかった。
 あまりの執拗さに業を煮やした谷野は、
「確かにこの様な事態を招いたことについては、私の不徳の致すところと大いに反省しています。今後はこの様なことにならないよう鋭意努力していくつもりです。さて、時間も随分押し詰まりましたので最終的に私の考えを述べさせていただきます」
 と自分の気持ちを伝え始めた。
「皆さんは退任の理由づけを色々と説明されましたが、どれも筋が通らないものばかりです。私は維新銀行の頭取としてやるべきことはきちんとやっており、何も恥じることはしていません。従って、私には自発的に退任する気は毛頭ありませんし、また取締役会議で再任拒否の動議を提出されるのであれば、それもやむを得ないと思っています。今後もその考えに変わりはありませんので、今日のところはこれでお引き取り下さい」

 話し合いは平行線のまま物別れに終わった。この話し合いが決裂したことにより、時計の針は刻一刻『頭取交代劇』へと、時を刻んでいくことになった。

 この後、悲劇に見舞われたのは谷野だけではなかった。この話し合いに主導的な役割を果たした専務の沢谷は、呪われたかのように2年後脳梗塞で倒れ、維新経済研究所の理事長に転出。
 また谷野に、『子々孫々まで累が及び、先祖の墓を汚すことになりますよ』と言って退任を迫った常務の川中は、4年後の08年6月に退任し療養中の沢谷理事長と交代。しかし同年9月酒を飲んで自宅に帰る途中、川に転落し非業の最期を遂げている。沢谷もその後病状が悪化し川中の後を追うように亡くなった。谷本相談役が引き起こした『谷野頭取交代劇』に翻弄され、谷野に退任を直接迫った4人のうちの2人が、あたら若くして悲劇的な人生を終える運命にあった。

(つづく)
【北山 譲】

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※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。


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