沢谷、吉沢、北野、川中は庭が一望できる広い応接室へ案内された。ガラス戸越しに見える庭には、新芽を吹いたまきの木と、赤い絨毯に敷き詰められているように真っ赤に咲いたつつじが築山を包み込むように満開を迎えていた。この美しさに見入っていた沢谷たちは、入れ違うように廊下を歩いてくる谷本相談役の足音を聞き、慌てて直立不動の姿勢で谷本の入室を待った。
ドアをノックして入って来た谷本に全員が深くお辞儀をすると、谷本は、
「やあ、ご苦労さんでしたね。立ったままではなんだから、座ってからじっくり話を聞こうかね」
とソファを勧め、自身も腰掛けた後一人一人の顔をじっと見つめながら、
「ところで首尾の方はどうだったかね」
と訊いた。
まず沢谷が口を開いた。
「谷野頭取に、『維新銀行のためにもあなた自身の名誉のためにも、是非自発的な退任をお願いします』と何度も説得しましたが、矢張り駄目でした。この期に及んで意固地になっているのか、何を言っても聞く耳を持たなくなっています」
と口火を切った。
すると吉沢が、
「我々の後ろで谷本相談役が糸を引いているのではないか、とか、取締役でない人の指図を受けてそれに従うのは、取締役としての責任を果たしていない、とか言い出したので、それは違う、本来、頭取の仕事は、各部署を統括する取締役に権限を委ね、銀行全体がバランス良く運営されているかどうかを判断し、遂行するものではないのか、それには役員全員が一つの旗の下で一致団結することが大切ではないのか、と言い返しました。
そして『それにもかかわらず、あなたは頭取に就任してから急に人が変わった様に、役員に対して大きな声で叱ったり、我々が意見をしても無視するような態度を随所で見せたではないですか。我々はその都度注意をしたつもりですが、一向に聞く耳を持とうとしなかった。そんなことがずっと続いたため、われわれ取締役の多くはあなたのやり方に付いていけなくなった、つまりあなたとの信頼関係が無くなったからこそ、こうして退任を求めているのです。維新銀行の古き良き伝統である和を乱したのは、頭取、あなたですよ。この際我々の申し出を受け入れて自発的に退任して下さい』と言ったら、暫く黙っていました」
と、語った。
続けて北野や川中も、それぞれの立場から、
「谷野頭取に信頼関係がなくなったことを告げ、自発的な退任を説得しましたが、まったく聞く耳を持たなかったです」
と、憤懣やるかたない顔で谷本に告げた。
話を聞いていた谷本は、
「僕が頭取の時にはそのような態度は全然見せなかったが、頭取になって人間が変わったね。やはり僕が谷野君を見る目がなかったと言うことに尽きるね」
と、全員に対して詫びる様な話し方になった。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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