谷野は、大沢監査役に背中を押されるように役員室に向かった。ドアをノックして入室すると梅原取締役、木下取締役、小林取締役の3人はまだ執務中であったが、川中は不在であった。
谷野は3人に、
「大事な話がありますので、今から頭取室に来て下さい」
と、声を掛けた。小林取締役が、
「川中常務が席を外していますがどうしましょう。まだ行内におられると思いますので、探してきましょうか」
と尋ねると、谷野は、
「いや、ここに居られる方に来てもらえれば結構です。詳しいことは集まって頂いてからお話しします」
と言うと、足早に戻って行った。
急に呼び出しを受けた梅原取締役達は、一体何事が起ったのだろうかと話しながら、谷野と大沢が待っている頭取室に向かった。
応接室で待っていた谷野は、
「実は、7日の定例取締役会議が終わった直後に、沢谷専務、吉沢常務、北野常務、山中常務の4人が頭取室に来て、任期満了にともない自発的に取締役を退任するよう私に求めて来ました。何故そんなことを言うのかと理由を聞くと、『谷本相談役や栗野会長に不遜な態度を示したり、自分たち4人にもぞんざいな態度が多々見受けられ、最早ついていけなくなった。維新銀行は伝統的に和を大切にして来たが、あなたが頭取になってそれを破壊してしまった。再度維新銀行を元の姿に戻すためには、あなたが自発的に退任する以外にないとの結論に達した。丁度業績も急回復しており、それを花道に会長と頭取の2人が同時に退任し、後進に道を譲れ』と言い、さもなければ『21日に開催される経営会議と取締役会議で、私の再任に反対する動議を提出して罷免する』とまで言って、自発的な退任を迫って来たのです。
僕の再任に反対する取締役は、組合出身の取締役が中心となっており、沢谷専務、吉沢常務、北野常務、川中常務、松木取締役、大島取締役、原口取締役の7名、それにS大卒の栗野会長と古谷取締役の9名で、それを影で操っているのは谷本相談役と思われます。
4人は口を揃えて、『どんなにバタバタしても既に過半数を押さえており、おとなしく自発的な退任をした方があなたの名誉のために良いですよ』と言って来ました。その後15日の土曜日にも、同じメンバー4人が私の自宅に押し掛けて来て退任を迫りましたが、私は、『いわれのない退任には応じない』と突っぱねはしたが、次第にこのまま黙っていて良いものだろうかと悩むようになりました。それまで黙っていたのは、『相手が過半数を押さえており、皆さんに話せば迷惑を懸けるだけだ』と思っていたからです。
しかし大沢監査役にだけには話しておこうと思って相談すると、大沢さんから、『勝ち負けではない。維新銀行の取締役として正々堂々とした態度を取ったかどうかが問われるのであって、彼らの様に数の力で貶める行為は良識ある取締役の振る舞いではない。あなたの経営方針に今まで協力してきた取締役にはせめてきちんと説明をしておくべきだ』と言われて、こうして皆さんに集まっていただきました」
と頭を下げ、今まで沢谷達と話し合った内容について語り出した。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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