谷野の説明が終わるのを待って大沢は、
「谷野頭取から話があったように、代表権のある取締役頭取に複数の取締役が集団で押し掛けて、退任を迫るなんて前代未聞の出来事です。確かに谷野頭取になって、不良債権処理のために赤字決算を決断したり、不祥事の発生により綱紀粛正など前向きに取り組んだ結果、今までの谷本頭取時代と違った経営方針と彼等に映ったのかもしれません。しかし誰が頭取になっても谷野頭取が今までやって来た改革に取り組まざるを得なかった筈です。今になってこんなことを言っても仕方ないかもしれないですが、谷本相談役が頭取であった10年間は、維新銀行にとっても本当に『失われた10年』であったと思います。不良債権に本腰で取り組むこともなく、場当たり的に株式の益出で何とか黒字決算のやり繰りをしていたのが現状です。
その辺皆さんも、『維新銀行はこのままではいけない。何とか改革をしなくて生き残れないとの強い使命感から、谷野頭取の経営改革に協力した』ものと思っています。
しかし谷本相談役からすれば、谷野君を頭取にしてやったと思っているのに、急に掌を返すように赤字決算を強行したり、第五生命の山上外務員を排斥したりする行為が、自分に対する反旗と映ったのでしょう。
要するに谷本相談役が頭取時代に手をつけなかった負の遺産に、谷野頭取が真正面から手をつけたことが、今回の『谷野頭取交代劇』を生んだものと思います。
谷野頭取の思い切った赤字決算の処理により維新銀行の経営は健全性を取り戻し、この3月期の業績は急回復を果たしました。また山上外務員によって今まで歪められていた人事も公明正大に運用されるようになり、やっと本来の維新銀行に戻った矢先だっただけに、悔やまれてなりません。私とすれば、谷野頭取だからこそ、ここまでやれたと思っています」
と、自分の考えを赤裸々に披露した。
谷野は、
「皆さんに、こうして集まって頂いたことが本当に良かったかどうか、私にはまだわかりません。ただ、この様な事態を招いたことに対して心からお詫び致します」
と、ひれ伏すように頭を下げた。そして、
「恐らく今からどんなに手を尽くしても、負け戦になると思います。みなさんそれぞれ、今まで築いて来た自分自身の人生観もありますし、ご家庭をお持ちです。私はこの様な事実があったことだけをお伝えし、後は皆さんの判断にお任せします。
たとえ皆さんが私の取締役再任に対する反対の動議に賛成されても、決して怨むことは致しません。むしろ今まで私を支えて頂いたことに心から感謝致します」
と、声を詰まらせながら礼を述べた。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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