谷野が話し終えると木下は、
「役員室で一緒に執務していても、最近川中常務が頻繁に席を空けるのが気にはなっていましたが、やはりそんなことがあったのですね。特に不祥事件の対策を話し合っていても、その輪にも入って来なくなったのでおかしいな、何かあったのかなとは感じていました。しかし営業本部長として経営の中枢にいながら、谷野頭取に辞任を求めた4人のなかの1人に加わる行為は、維新銀行そのものに対する背信行為ではないですか。
もし谷野頭取と経営方針が違うのであれば、営業本部長として自分の意見を正堂々と述べて議論を戦わせば良いのに、この役員室内でそんな光景は見たことはないですよ。
もう少し言わせてもらえれば、『営業政策で谷野頭取と何度も議論を交わしたが、最後まで意見が噛み合わなかった。自分としては何度も意見具申をしたが聞き入れてもらえなかったので、止むにやまれず営業本部長の辞任を申し出ていた』とかの理由でもあれば、4人組に加わることも許されるかもしれません。
しかし谷野執行部体制の一翼を担う立場に居ながら、『後ろから矢を射る』様な行為は人の道に外れており、断じて許されるものではないと思うのですが」
と、強い口調で述べた。
続けて小林は、
「谷野頭取への退任要求は、『第五生命のアンケート調査』が大きく影響しているのかもしれませんね。最もアンケート調査を命じて来たのは中国財務局ですが、もし調査報告書をありのまま提出すれば、9人の名が明らかになる。その報告書を中国財務局に提出する前に、谷野頭取を罷免し、後は自分達の手で改竄しようとしたのではないかと思うのです。それと言うのも川中本部長がいつもとは違って、アンケートの集計はどうなったか。その内容はどうだったか。誰の名前が出ていたかなど、かなり気にしていたのが印象に残っています。
第五生命の山上外務員の保険勧誘に積極的に協力したとアンケート調査に名前が挙がっている栗野会長、沢谷専務、吉沢常務、北野常務、川中常務、松木取締役、大島取締役、古谷取締役、それに原口取締役の9名全員が、そろって谷野頭取に退任を迫って来たのは、偶然ではない様な気がします。恐らく中国財務局に提出されるのを阻止しようとしているのではないかと思われます」
と述べた。
すると梅原は、
「確かに、第五生命の保険料ローンの取り扱いを中止した頃から、懇意にしていた栗野会長の僕に対する態度が冷たくなったような感じを受けました。それから考えると、やはり小林取締役が言うように、『アンケート調査』の影響は大きいかもしれないですね」
と言った。
その話を聞いていた大沢は、
「谷野頭取に退任を迫って来た理由が、谷本相談役と第五生命の山上外務員を守り、その上自分たちの違法な保険勧誘が表に出ないようにするためだと言うことになる。こんなつまらん理由で頭取の交代を求めるなんて、維新銀行も地に落ちたね」
と大きく溜息をついた。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
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